ー特別編ー水の中の目
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つぎの日、東京地方の正午の気温は摂氏三十三度。おれたちは西口公園に集合する予定になっていた。円形広場の石畳は浜辺の砂のように熱を持って、簡単に目玉焼きが作れそうだ。まあ、西口公園の地べたで出来たなんて言ったら、汚くて誰も喰いはしないだろうけど。
おれが木陰のベンチに座っていると、最初にマドカがやってきた。その日は、白いミニスカートにショッキングピンクのサマーニット。袖なしなのにタートルネックというおかしなデザイン。マドカは針金のような腕ではなく、おれの好みの健康的な二の腕をしている。聞き込みに必要なわけではなかったが、マドカはおもしろいからおれ達の調査にもう少し付き合いたいといっていた。
「待った、悠ちゃん」
一日でちゃんづけになっている。美容師の手で美しく不揃いにカットされた前髪の下でくるくると動く目。勝手にしろと思い、黙って首を横に振った。五分ほどして、つぎに芸術劇場の方から現れたのは、なぜか牧野温だった。アツシはおれの座るベンチを見つけると、大きく両手を振った。短パンに長そでのTシャツという、スケートボーダーのような格好。やつはにこにこしながら、チェーンの音を鳴らし、おれ達にむかって歩いてくる。
「あの、デートの最中に、お邪魔しちゃったですか」
「そんなんじゃないよ。この人とは昨日知り合ったばかりだ。それより、何でおれがここに居るのがわかったんだ。」
「よくいくお店が西一番街の果物屋さんていったよね。お店の人に聞いたらこれ渡してくれって」
そういうと白いポリエチレンの手提げを差し出す。受け取ると甘い匂いがした。カットされたパイナップルに割りばしをさしたリッカの店の売れ筋商品だ。いつも氷の上に並べて売っている水菓子。リッカ母は気にいった誰かには、すぐに店のものを渡す癖がある。さすが昭和前半生まれの女。おれはカットパインを配ると、アツシにいった。
「今日はいったい何の用があるんだ」
「うーん、あの、ちょっと……」
アツシはパイナップルから雫を垂らしながら、困ったようにもじもじしている。ひどく内気だが、あいかわらずきれいな顔をしていた。マドカが助け船を出す。
「そんなこといいじゃない。それより悠ちゃん、紹介してよ」
女子大生の樽原マドカさん、無職の牧野温さんと互いを紹介した。マドカが大人のパーティの売れっ子娼婦で高額取得者であることも、アツシが監禁事件の犯人の一人であることもいわなかった。みんなそれぞれ事情がある。空気がなごんで、マドカとアツシが冗談を交わすようになったころ、もうひとり事情のあるやつがやってきた。
歌のうまい、二日酔いの肉屋だ。
ミナガワがそろったところで、もう一度全員を紹介するはめになった。アツシを除いた三人は朝方まで馬鹿騒ぎしていたので、すぐに動き出すパワーがでなかった。しばらくぼんやりして、西口公園の炎天下の広がりを眺めていた。暑さなどまるで気にしない中学生くらいのガキが二人、フリスビーを飛ばして遊んでいる。
おれたち四人は狭いステンレスパイプのベンチに隙間なく座り、フリスビーが西口公園の空を横切るたびに左右に目線だけ動かしていた。ほとんど手首のスナップだけで投げられたフリスビーは、空中を滑らかに滑り、目に見えない風の境にぶつかるとホップするように上昇したり、急にカーブを描いたりする。軌跡を追うのになれると、止まっているのは青い円盤で、その背景を公園の緑やビルのガラスや明かりのついてない昼間のネオンが、飛びすぎていくように見える。流れる線の中にすべての色が溶けだして、スピード感あふれる抽象画みたいだ。なんか、うっとりするほどきれいだった。
おれはフリスビーを見ながら考えていた。普通ってなんだろう?普通ってここで一緒に座っている三人や、身障者パーティに通い詰めている男たちや、そこで働く女たちのことじゃないんだろうか。ついでにいえばこれを読んでるあんたやおれのことじゃないんだろうか。おれたちはみんな、普通のありふれた世界に生きている。
それは叫びたくなるくらい異常なことだと知りながらね。
結局、その日は四人で残り二件の大人のパーティを回ることになった。巣鴨の熟女専門店と大塚の人妻専門店だ。収穫は無し。どちらの店も、何人かインタビューした感じでは看板に偽りはなさそうだった。こちらは、前日の店よりもサービス内容がずっとハードだった(生とかなかだしが売りなのだそうだ、店のボスはピルを格安で女たちに卸し、毎月の性病の定期検診は女たちの自分もちという)。そんなもんだとミナガワはいった。マドカは自分もその一員でありながら、売春世界の幅広さに軽いカルチャーショックを受けていた。アツシはいつも通り、なにを見てもびくびくしている。
おれが木陰のベンチに座っていると、最初にマドカがやってきた。その日は、白いミニスカートにショッキングピンクのサマーニット。袖なしなのにタートルネックというおかしなデザイン。マドカは針金のような腕ではなく、おれの好みの健康的な二の腕をしている。聞き込みに必要なわけではなかったが、マドカはおもしろいからおれ達の調査にもう少し付き合いたいといっていた。
「待った、悠ちゃん」
一日でちゃんづけになっている。美容師の手で美しく不揃いにカットされた前髪の下でくるくると動く目。勝手にしろと思い、黙って首を横に振った。五分ほどして、つぎに芸術劇場の方から現れたのは、なぜか牧野温だった。アツシはおれの座るベンチを見つけると、大きく両手を振った。短パンに長そでのTシャツという、スケートボーダーのような格好。やつはにこにこしながら、チェーンの音を鳴らし、おれ達にむかって歩いてくる。
「あの、デートの最中に、お邪魔しちゃったですか」
「そんなんじゃないよ。この人とは昨日知り合ったばかりだ。それより、何でおれがここに居るのがわかったんだ。」
「よくいくお店が西一番街の果物屋さんていったよね。お店の人に聞いたらこれ渡してくれって」
そういうと白いポリエチレンの手提げを差し出す。受け取ると甘い匂いがした。カットされたパイナップルに割りばしをさしたリッカの店の売れ筋商品だ。いつも氷の上に並べて売っている水菓子。リッカ母は気にいった誰かには、すぐに店のものを渡す癖がある。さすが昭和前半生まれの女。おれはカットパインを配ると、アツシにいった。
「今日はいったい何の用があるんだ」
「うーん、あの、ちょっと……」
アツシはパイナップルから雫を垂らしながら、困ったようにもじもじしている。ひどく内気だが、あいかわらずきれいな顔をしていた。マドカが助け船を出す。
「そんなこといいじゃない。それより悠ちゃん、紹介してよ」
女子大生の樽原マドカさん、無職の牧野温さんと互いを紹介した。マドカが大人のパーティの売れっ子娼婦で高額取得者であることも、アツシが監禁事件の犯人の一人であることもいわなかった。みんなそれぞれ事情がある。空気がなごんで、マドカとアツシが冗談を交わすようになったころ、もうひとり事情のあるやつがやってきた。
歌のうまい、二日酔いの肉屋だ。
ミナガワがそろったところで、もう一度全員を紹介するはめになった。アツシを除いた三人は朝方まで馬鹿騒ぎしていたので、すぐに動き出すパワーがでなかった。しばらくぼんやりして、西口公園の炎天下の広がりを眺めていた。暑さなどまるで気にしない中学生くらいのガキが二人、フリスビーを飛ばして遊んでいる。
おれたち四人は狭いステンレスパイプのベンチに隙間なく座り、フリスビーが西口公園の空を横切るたびに左右に目線だけ動かしていた。ほとんど手首のスナップだけで投げられたフリスビーは、空中を滑らかに滑り、目に見えない風の境にぶつかるとホップするように上昇したり、急にカーブを描いたりする。軌跡を追うのになれると、止まっているのは青い円盤で、その背景を公園の緑やビルのガラスや明かりのついてない昼間のネオンが、飛びすぎていくように見える。流れる線の中にすべての色が溶けだして、スピード感あふれる抽象画みたいだ。なんか、うっとりするほどきれいだった。
おれはフリスビーを見ながら考えていた。普通ってなんだろう?普通ってここで一緒に座っている三人や、身障者パーティに通い詰めている男たちや、そこで働く女たちのことじゃないんだろうか。ついでにいえばこれを読んでるあんたやおれのことじゃないんだろうか。おれたちはみんな、普通のありふれた世界に生きている。
それは叫びたくなるくらい異常なことだと知りながらね。
結局、その日は四人で残り二件の大人のパーティを回ることになった。巣鴨の熟女専門店と大塚の人妻専門店だ。収穫は無し。どちらの店も、何人かインタビューした感じでは看板に偽りはなさそうだった。こちらは、前日の店よりもサービス内容がずっとハードだった(生とかなかだしが売りなのだそうだ、店のボスはピルを格安で女たちに卸し、毎月の性病の定期検診は女たちの自分もちという)。そんなもんだとミナガワはいった。マドカは自分もその一員でありながら、売春世界の幅広さに軽いカルチャーショックを受けていた。アツシはいつも通り、なにを見てもびくびくしている。