ー特別編ー水の中の目
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マドカは一度店にあがると十分後に戻ってきた。客も昼間で少ないし、女の子の数も足りてるから、聞き込みに協力してくれるという。おれ達は通りに出ると、タクシーを拾った。襲撃先の二件目は隣駅の大塚だ。今度は豊島開発の系列店だった。こちらは身障者ではなく、金髪専門パーティ。おれは思うのだけどそのうち動物占いのヒツジだけ集めたパーティとかもきっと出来るよ。欲望の細分化には限りがない。
JR大塚駅南口でタクシーをおりた。駅前から先ほどと同じように電話を入れる。都電の線路沿いに緩やかな坂を上がった。携帯のディスプレイを確かめると今度は四分ほどで、恐ろしく古いマンションの前に立つ。四階建てでエレベーターはなかった。取り壊しを待つだけの建物で、半分は空き部屋ではないだろうか。外階段の踊り場には、古雑誌やコンビニの袋が渇いた泥にまみれて落ちている。この店に来るのは余程の常連に違いない。おれならこのマンションを見ただけで引き返すだろう。おれ達三人は汗をかいて最上階まで上がった。部屋の番号など確かめる必要はなかった。そこだけペンキを塗り直したドアのベルを鳴らす。
ドアが開くと、若いサメめが二匹立っていた。目つきがきつすぎる。組関係者。これでは常連だって帰るかもしれない。狭い廊下の奥を塞ぐように立っている格上のサメがいった。
「社長から話しは聞いている。だが、ここの店長はまだ病院だ。俺たちも、あの日はここに居なかった。アンタに協力してやれることは、紙に書いて渡した。」
あのレポートのことか。ついてない。この店の店長は右肩を特殊警棒でやられて、骨がいかれたという。玄関先で立ち話していると、おれ達の後ろに外国人風の男がやってきた。おれの頭越しになかの男に挨拶する。
「コンチハ。マリア・ルイス、すぐきますか」
振り向くと百九十センチ近くある大男だった。褐色の肌に濃いひげ、ウエスタン風の細やかなフリンジがついたダンガリーシャツを着ている。色男。それほどたくましいというわけではないが、外国人特有の厚い上半身をしていた。おれは店の男にいった。
「襲撃のあった十五日、店に居た子がいたら、話を聞きたいんだけど」
「おまえジャマなんだよ。マリア・ルイス早く来なさい」
後ろの男がイライラして叫ぶ。毛むくじゃらの手首には金のコンビのオメガ。その外にもう一段濃い黄金色のブレスレットを重ねている。大男はおれ達の話しをあっさりと無視した。時刻はちょうど三時になったところ、たぶん娼婦を迎えにきたヒモなのだろう。
幅一・五メートルくらいのほこりっぽいマンションの外廊下に、おれとミナガワマドカ、そしてヒモの大男がそろって大渋滞を起こしていた。おれはなるべくフレンドリーな笑顔をつくり、ふり向いていった。
「悪いな、少し静かにしてくれないか。今大切な話をしてるんだ。アンタのマリアは、騒がなくても時間になれば出てくるよ。」
なぜヒモが切れたのか分からなかった。なにかスペイン語で神を呪うようなことを吐いて、やつはおれに手を伸ばしてきた。近くで見ると目が血走ってすごい形相。そのとき、おれは自分の左手から熱い風が吹いてくるのを感じた。
真夏の昼下がりにどこかのでかいビルの角を曲がる。すると今までそよ風ととも吹いていなかった熱風に吹き倒されそうになることがある。気まぐれなビル風だ。ちょうどあんな感じだった。ミナガワのごつい身体がわっと膨張したようだった。動きはビデオの四倍速のように素早い。喫茶店からパクってきた週刊誌をひと握りで丸め、両手で握ると、ミナガワはヒモの横腹を思いきり突きあげた。ヒモのかかとが浮く強烈な一撃。くの字に身体を折ったヒモの後頭部に、筒状にした週刊誌の底を叩きつける。
ミナガワは焦ることなく、横向きに廊下に伸びたヒモのベルトを外すと、後ろ手に縛り上げた。すべては一連の流れるような動きで、十秒とはかかっていない。ドアをおさえていた豊島開発の若いサメが目を丸くしていた。
腕力自慢のヒモが、自分でも何をされたか分からないうちに、意識不明で廊下の排水溝に舌とよだれを垂らしている。プロの荒事師がなにをするか、おれにもよくわかった。ミナガワは週刊誌がナイフに代わっても、やらなければならないときは断固としてやるだろう。全力でやるか、さもなければ、なにもやらないかなのだ。おれはミナガワの動きひとつひとつから、一瞬のうちに力を使いつくそうという鋼の意思を感じた。
JR大塚駅南口でタクシーをおりた。駅前から先ほどと同じように電話を入れる。都電の線路沿いに緩やかな坂を上がった。携帯のディスプレイを確かめると今度は四分ほどで、恐ろしく古いマンションの前に立つ。四階建てでエレベーターはなかった。取り壊しを待つだけの建物で、半分は空き部屋ではないだろうか。外階段の踊り場には、古雑誌やコンビニの袋が渇いた泥にまみれて落ちている。この店に来るのは余程の常連に違いない。おれならこのマンションを見ただけで引き返すだろう。おれ達三人は汗をかいて最上階まで上がった。部屋の番号など確かめる必要はなかった。そこだけペンキを塗り直したドアのベルを鳴らす。
ドアが開くと、若いサメめが二匹立っていた。目つきがきつすぎる。組関係者。これでは常連だって帰るかもしれない。狭い廊下の奥を塞ぐように立っている格上のサメがいった。
「社長から話しは聞いている。だが、ここの店長はまだ病院だ。俺たちも、あの日はここに居なかった。アンタに協力してやれることは、紙に書いて渡した。」
あのレポートのことか。ついてない。この店の店長は右肩を特殊警棒でやられて、骨がいかれたという。玄関先で立ち話していると、おれ達の後ろに外国人風の男がやってきた。おれの頭越しになかの男に挨拶する。
「コンチハ。マリア・ルイス、すぐきますか」
振り向くと百九十センチ近くある大男だった。褐色の肌に濃いひげ、ウエスタン風の細やかなフリンジがついたダンガリーシャツを着ている。色男。それほどたくましいというわけではないが、外国人特有の厚い上半身をしていた。おれは店の男にいった。
「襲撃のあった十五日、店に居た子がいたら、話を聞きたいんだけど」
「おまえジャマなんだよ。マリア・ルイス早く来なさい」
後ろの男がイライラして叫ぶ。毛むくじゃらの手首には金のコンビのオメガ。その外にもう一段濃い黄金色のブレスレットを重ねている。大男はおれ達の話しをあっさりと無視した。時刻はちょうど三時になったところ、たぶん娼婦を迎えにきたヒモなのだろう。
幅一・五メートルくらいのほこりっぽいマンションの外廊下に、おれとミナガワマドカ、そしてヒモの大男がそろって大渋滞を起こしていた。おれはなるべくフレンドリーな笑顔をつくり、ふり向いていった。
「悪いな、少し静かにしてくれないか。今大切な話をしてるんだ。アンタのマリアは、騒がなくても時間になれば出てくるよ。」
なぜヒモが切れたのか分からなかった。なにかスペイン語で神を呪うようなことを吐いて、やつはおれに手を伸ばしてきた。近くで見ると目が血走ってすごい形相。そのとき、おれは自分の左手から熱い風が吹いてくるのを感じた。
真夏の昼下がりにどこかのでかいビルの角を曲がる。すると今までそよ風ととも吹いていなかった熱風に吹き倒されそうになることがある。気まぐれなビル風だ。ちょうどあんな感じだった。ミナガワのごつい身体がわっと膨張したようだった。動きはビデオの四倍速のように素早い。喫茶店からパクってきた週刊誌をひと握りで丸め、両手で握ると、ミナガワはヒモの横腹を思いきり突きあげた。ヒモのかかとが浮く強烈な一撃。くの字に身体を折ったヒモの後頭部に、筒状にした週刊誌の底を叩きつける。
ミナガワは焦ることなく、横向きに廊下に伸びたヒモのベルトを外すと、後ろ手に縛り上げた。すべては一連の流れるような動きで、十秒とはかかっていない。ドアをおさえていた豊島開発の若いサメが目を丸くしていた。
腕力自慢のヒモが、自分でも何をされたか分からないうちに、意識不明で廊下の排水溝に舌とよだれを垂らしている。プロの荒事師がなにをするか、おれにもよくわかった。ミナガワは週刊誌がナイフに代わっても、やらなければならないときは断固としてやるだろう。全力でやるか、さもなければ、なにもやらないかなのだ。おれはミナガワの動きひとつひとつから、一瞬のうちに力を使いつくそうという鋼の意思を感じた。