ー特別編ー水の中の目
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つぎの朝、仕込みを終えて、開店準備をしていると、見かけない中年男が店の前の壁にもたれていた。看板と暖簾を出して縁台を出し終え一息ついていると男がやってきた。
「あんた、小鳥遊悠さんだろ。」
汗を拭いてうなずいた。背の高さはほぼおれと同じくらい、腹はLLサイズのスイカをひとのみしたくらいつきだし、ポロシャツの肩と胸が鎧でも着こんだように丸々と厚かった。第一ボタンを開いた胸元で、きざな細い金のネックレスが胸毛と絡んでいた。生え際が後退したひたいの下には困った表情を浮かべている。気の弱いポパイだ。
「そっちの名前は」
中年男はさらに困った顔をした。おれを通り越して新宿のあちこちに視線を動かす。なにか見つけたようだ。男は声帯にも脂のついた太い声で言う。
「ミナガワ。聖玉社の里見さんに頼まれてきた。みんな肉屋と呼んでる。どっちでも好きな方で呼んでくれ。今日からアンタと一緒に動く」
皆川書店はうちの筋向かいの本屋だ。道端にでかい看板をだしている。本名は名乗りたくないらしい。中年男につっこむのはやめておいた。
「わかった。それでおれのボディガードをやってくれるんだ。アンタも組の人間なのかな」
ミナガワは首を横に振った。もみあげの中を汗の玉が落ちていく。
「いや。聖玉社とは関係ない」
フリーランスのボディガードなどという仕事が、この日本で成り立つのだろうか。デコのSPだって正式な会社派遣だ。考えられるのは、組織の出入りに腕貸しする荒事師というところか。おれは店開きに戻った。ミナガワは何もせずに待つことが苦にならないらしい。壁にもたれ、ただなにもせずにいる。二十分後、おれはミナガワに声を掛けた。
「さぁ、いこう。今日の予定は、西口公園で人に会い、それから、最初に襲われた大人のパーティの聞き込みだ」
西口公園につくまで、ミナガワはおれの後ろ斜め左にピタリと張りついて離れなかった。肩がこる散歩。
円形広場で当たりのベンチを見まわした。昼休みのサラリーマンやOLに混じって、ひとりぽつんと座っているガキがいる。ぶかぶかの横柄長Tシャツにオリーブ色のチノパン。ひと目で牧野温だとわかった。亜季の写真に売り二つだったからだ。
自分がいわれたことないせいか、美少年なんて言葉は大嫌いだが、アツシはまぎれもない美少年だった。近づいていくと、やつは飛び上がるようにベンチから立ち、おれに頭を下げる。じゃらじゃらとチェーンの鳴る音がした。アツシは腰にキーホルダーや携帯電話やウサギの尻尾なんか、がらくたを山のように下げた鎖を巻いていた。先は長くひざ下まで垂れて、先にT字型の留め金がついている。
おれは自分に向けられた顔を至近距離で見てビックリした。目玉が球体であることがはっきりとわかる二重の大きな目、まっすぐに通った細い鼻筋、こけた頬に上品にとがるあご。黒髪は風になびく自然なカールで、すっきりと伸びる首にかかっている。男女に関係なく、どのパーツにも文句をつけられない顔を、おれは生まれて初めて見た。だが、アツシはは綺麗な顔の表面に、居心地の悪さでも感じているらしい。電話の時と同じように、びくびくとしていった。
「あの、こんにちは、初めまして、悠さん……あの、そちらの人は?」
おれの後ろに立つミナガワと、絶対に視線を合わせないようにしている。
「ああ、気にしないでくれ。といっても無理だわな。ミナガワさん、彼はパーティ潰しとは関係ないんだ。ちょっと話をするあいだ、隣のベンチにでも行っていてくれないか」
ミナガワは半目でじっとアツシを見詰めたまま、いわれたとおりに移動した。油田のパイプラインみたいなステンレス製ベンチに腰を降ろす。おれはパーカのフロントポケットから、ノートとシルヴァークロスのボールペンをとりだした。
「成瀬彰とは、どこで知り合ったのかな。」
アキラは監禁事件主犯の少年Aの名前。その名を聞くと、アツシは目に見えて震えだした。手のひらに乗る臆病な座敷犬のようだ。
「あんた、小鳥遊悠さんだろ。」
汗を拭いてうなずいた。背の高さはほぼおれと同じくらい、腹はLLサイズのスイカをひとのみしたくらいつきだし、ポロシャツの肩と胸が鎧でも着こんだように丸々と厚かった。第一ボタンを開いた胸元で、きざな細い金のネックレスが胸毛と絡んでいた。生え際が後退したひたいの下には困った表情を浮かべている。気の弱いポパイだ。
「そっちの名前は」
中年男はさらに困った顔をした。おれを通り越して新宿のあちこちに視線を動かす。なにか見つけたようだ。男は声帯にも脂のついた太い声で言う。
「ミナガワ。聖玉社の里見さんに頼まれてきた。みんな肉屋と呼んでる。どっちでも好きな方で呼んでくれ。今日からアンタと一緒に動く」
皆川書店はうちの筋向かいの本屋だ。道端にでかい看板をだしている。本名は名乗りたくないらしい。中年男につっこむのはやめておいた。
「わかった。それでおれのボディガードをやってくれるんだ。アンタも組の人間なのかな」
ミナガワは首を横に振った。もみあげの中を汗の玉が落ちていく。
「いや。聖玉社とは関係ない」
フリーランスのボディガードなどという仕事が、この日本で成り立つのだろうか。デコのSPだって正式な会社派遣だ。考えられるのは、組織の出入りに腕貸しする荒事師というところか。おれは店開きに戻った。ミナガワは何もせずに待つことが苦にならないらしい。壁にもたれ、ただなにもせずにいる。二十分後、おれはミナガワに声を掛けた。
「さぁ、いこう。今日の予定は、西口公園で人に会い、それから、最初に襲われた大人のパーティの聞き込みだ」
西口公園につくまで、ミナガワはおれの後ろ斜め左にピタリと張りついて離れなかった。肩がこる散歩。
円形広場で当たりのベンチを見まわした。昼休みのサラリーマンやOLに混じって、ひとりぽつんと座っているガキがいる。ぶかぶかの横柄長Tシャツにオリーブ色のチノパン。ひと目で牧野温だとわかった。亜季の写真に売り二つだったからだ。
自分がいわれたことないせいか、美少年なんて言葉は大嫌いだが、アツシはまぎれもない美少年だった。近づいていくと、やつは飛び上がるようにベンチから立ち、おれに頭を下げる。じゃらじゃらとチェーンの鳴る音がした。アツシは腰にキーホルダーや携帯電話やウサギの尻尾なんか、がらくたを山のように下げた鎖を巻いていた。先は長くひざ下まで垂れて、先にT字型の留め金がついている。
おれは自分に向けられた顔を至近距離で見てビックリした。目玉が球体であることがはっきりとわかる二重の大きな目、まっすぐに通った細い鼻筋、こけた頬に上品にとがるあご。黒髪は風になびく自然なカールで、すっきりと伸びる首にかかっている。男女に関係なく、どのパーツにも文句をつけられない顔を、おれは生まれて初めて見た。だが、アツシはは綺麗な顔の表面に、居心地の悪さでも感じているらしい。電話の時と同じように、びくびくとしていった。
「あの、こんにちは、初めまして、悠さん……あの、そちらの人は?」
おれの後ろに立つミナガワと、絶対に視線を合わせないようにしている。
「ああ、気にしないでくれ。といっても無理だわな。ミナガワさん、彼はパーティ潰しとは関係ないんだ。ちょっと話をするあいだ、隣のベンチにでも行っていてくれないか」
ミナガワは半目でじっとアツシを見詰めたまま、いわれたとおりに移動した。油田のパイプラインみたいなステンレス製ベンチに腰を降ろす。おれはパーカのフロントポケットから、ノートとシルヴァークロスのボールペンをとりだした。
「成瀬彰とは、どこで知り合ったのかな。」
アキラは監禁事件主犯の少年Aの名前。その名を聞くと、アツシは目に見えて震えだした。手のひらに乗る臆病な座敷犬のようだ。