ー特別編ー水の中の目
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「きついお灸をすえてやらなきゃならないだろうな。だがな、悠、組のやつらはそんな甘いことを考えちゃいない。やつらが先にパーティ潰しを見つけたら、どこかの山の中に墓石のない墓が四つ並ぶことになる。平和主義者のお前には、とても耐えられない光景だろう。まあ、おれはべつにどっちでもいいけどな」
そういうとタカシは霊園の方にあごをしゃくり、にこりと笑って見せた。池袋の女たちがキャーキャーと群がる甘い笑顔。視線の先に目をやった。確かに墓石は見えなかった。メルセデスの右手に伸びる塀は、どこまでも続く灰色の帯だ。
いつなくしてもいいと開き直ったパーティ潰しの命を、なぜおれがしゃかりきになって守らなければいけないのだ。どこの誰かも知らないのに。メルセデスの滑らかな乗り心地とエアコンのきいた静かなキャビンに、おれはだんだんと腹が立ってきた。
「西口公園へやってくれ」
むかついてそういうと、タカシがいった。
「気にするな。甘いのが悠のいとこだ」
そんなことをいわれても、ちっとも嬉しくない。
おれは西口公園のベンチでしばらく頭を冷やした。自分の部屋に戻っても、とても眠れそうにない。午後十一時の円形広場では、夏休みが近づいたせいか、蛾のように着飾った男や女がぶんぶん飛びまわっていた。まあ、本当の蛾とは違って、やつらは街灯の光を避けてうろうろしているんだが。おれはただ夜の街の空気を吸い、目のまえの馬鹿げた夏景色に心を開いていた。この街で生きて来たおれには、これが一番のリラクゼーション法なのだ。大自然の中じゃあ、ストレスで一時間ともたない。
十一時半、そろそろ帰ろうかと腰をあげたら、尻ポケットのスマホが鳴った。
「はい、タカナシです」
おずおずと震える少年の声。
『あの、今日の昼間……留守電のメッセージ……あの、聞いたんですけど』
その日の午後おれは「千早女子高生監禁事件」で主犯のAに脅されて仲間に加わったという少年Eに連絡を取っていた。Eの名前は牧野温という。なんと驚いたことに、監禁されて事故死した被害者、牧野亜季の三歳違いの実弟だそうだ。調書ではアツシはたびたびAらに暴行を振るわれ、使いぱしりをやらされていたらしい。良い女だから、姉貴を呼びだせといわれ、また一時間殴る蹴るの暴行を受けるのが嫌で、弟は姉を地獄の四畳半に呼び出した。気の弱い、悲しい十四歳。犯人の中でアツシだけが保護観察処分で済み、少年院に送られていない。
「こちらこそ、突然電話してすみません。おれは雑誌にコラム何か書いているセミプロのライターで、小鳥遊悠といいます。」
アツシの荒い息が聞こえた。台風みたいだ。
『はい、あの、僕も悠さんのことは知ってます……「ストビー」のコラムも読んでるし、S・ウルフの集会で見かけたこともあるし……ネットの動画とかでも……あの、悠さんはあこがれの、あの……。』
語尾は風切り音にまぎれて、消えてしまった。タカシと違い、おれには男性ファンの方が多いらしい。
「ありがとう、今、本を書こうと思って、監禁事件のいろんな関係者に会って話を聞いてるんだ。そっちには不愉快な過去の話しかもしれないけど、協力してもらえるかな」
『はい、はい……あの、ぼくでよかったら、よろこんで……』
次の日の午後、西口公園で会う約束をしてスマホを切った。パーティ潰しと監禁事件、両方を一度に負うのはきつそうだが、なぜか忙しすぎるくらいの方が、おれの場合仕事がはかどる。
重なる締め切りとか、年末進行とかね。根が貧乏性なのだ。
そういうとタカシは霊園の方にあごをしゃくり、にこりと笑って見せた。池袋の女たちがキャーキャーと群がる甘い笑顔。視線の先に目をやった。確かに墓石は見えなかった。メルセデスの右手に伸びる塀は、どこまでも続く灰色の帯だ。
いつなくしてもいいと開き直ったパーティ潰しの命を、なぜおれがしゃかりきになって守らなければいけないのだ。どこの誰かも知らないのに。メルセデスの滑らかな乗り心地とエアコンのきいた静かなキャビンに、おれはだんだんと腹が立ってきた。
「西口公園へやってくれ」
むかついてそういうと、タカシがいった。
「気にするな。甘いのが悠のいとこだ」
そんなことをいわれても、ちっとも嬉しくない。
おれは西口公園のベンチでしばらく頭を冷やした。自分の部屋に戻っても、とても眠れそうにない。午後十一時の円形広場では、夏休みが近づいたせいか、蛾のように着飾った男や女がぶんぶん飛びまわっていた。まあ、本当の蛾とは違って、やつらは街灯の光を避けてうろうろしているんだが。おれはただ夜の街の空気を吸い、目のまえの馬鹿げた夏景色に心を開いていた。この街で生きて来たおれには、これが一番のリラクゼーション法なのだ。大自然の中じゃあ、ストレスで一時間ともたない。
十一時半、そろそろ帰ろうかと腰をあげたら、尻ポケットのスマホが鳴った。
「はい、タカナシです」
おずおずと震える少年の声。
『あの、今日の昼間……留守電のメッセージ……あの、聞いたんですけど』
その日の午後おれは「千早女子高生監禁事件」で主犯のAに脅されて仲間に加わったという少年Eに連絡を取っていた。Eの名前は牧野温という。なんと驚いたことに、監禁されて事故死した被害者、牧野亜季の三歳違いの実弟だそうだ。調書ではアツシはたびたびAらに暴行を振るわれ、使いぱしりをやらされていたらしい。良い女だから、姉貴を呼びだせといわれ、また一時間殴る蹴るの暴行を受けるのが嫌で、弟は姉を地獄の四畳半に呼び出した。気の弱い、悲しい十四歳。犯人の中でアツシだけが保護観察処分で済み、少年院に送られていない。
「こちらこそ、突然電話してすみません。おれは雑誌にコラム何か書いているセミプロのライターで、小鳥遊悠といいます。」
アツシの荒い息が聞こえた。台風みたいだ。
『はい、あの、僕も悠さんのことは知ってます……「ストビー」のコラムも読んでるし、S・ウルフの集会で見かけたこともあるし……ネットの動画とかでも……あの、悠さんはあこがれの、あの……。』
語尾は風切り音にまぎれて、消えてしまった。タカシと違い、おれには男性ファンの方が多いらしい。
「ありがとう、今、本を書こうと思って、監禁事件のいろんな関係者に会って話を聞いてるんだ。そっちには不愉快な過去の話しかもしれないけど、協力してもらえるかな」
『はい、はい……あの、ぼくでよかったら、よろこんで……』
次の日の午後、西口公園で会う約束をしてスマホを切った。パーティ潰しと監禁事件、両方を一度に負うのはきつそうだが、なぜか忙しすぎるくらいの方が、おれの場合仕事がはかどる。
重なる締め切りとか、年末進行とかね。根が貧乏性なのだ。