ー特別編ー水の中の目
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一ノ瀬辰樹は鷲の鼻筋を振って、多田と里美に目で同意を求めた。顔を崩し、とりなすように言う。
「どうだ、この若いのの器量を信じてみんか」
多田もうなずいた。銅像のように立派な顔をした里美が、初めて厚い唇を開いた。冷蔵庫の奥で忘れられたタラコのように乾いて赤黒い粘膜。
「ご両人がそうおっしゃるんなら、お任せしましょう。ただ今回のパーティ潰しは、酷く荒っぽい奴らだ。集団で動いているのも間違いない。小鳥遊さんが危険な目にあわないように、ボディーガードをひとりつけたいんだが、かまいませんか」
里見は丸い目をおれからまったく動かさずにそういった。どんどん視線の圧力が高まってくる。ふざけた口を利いたら、ひねりつぶすぞ、ワレ、このクソガキ。
「かまいませんよ」
ボディガードのひとりくらい、池袋の街でならいくらでもまくことが出来る。おれのようなガキに、それほど切れるものをつけるとも思えなかった。
「じゃあ、話しはこれで終わりだ。よろしく頼む。私たちは続きの話しがある。」
多田はあっさりそういうと、おれと崇を見て、店の出口を見た。やんごとなき王座の前から退出せよという洗礼された合図だ。おれは軽く会釈して席を立った。タカシも焦るそぶりなど見せずに続く。おれたちは岸壁を離れる客船のように、糸を引くやくざ者たちの視線を振りほどきながら、ゆっくりとクラブを出た。
おっかない。水族館の飼育係はとても無理。
エレベーターをおりると、水商売ビルの前にメルセデスの4WDがとまっていた。おれたちに近づいていくと、今度は本郷が降りてドアを引いてくれる。
「乗ってくれ、こちらもまだ話しがある。」
クラブの中では液体窒素のように冷たかったタカシの声に、微妙な熱を感じた。不吉だ。おれたちが後部座席に乗り込むと、滑るようにメルセデスが発車した。磨き抜かれた窓の中を本立寺境内の七月の木々が動く。夏の夜の鮮やかな緑がいつまでも目に残った。
「一昨日の話しだ。悠もキラーズーというチームは知っているな。」
殺し屋動物園か、いかにも、S・ウルフのチームらしい名前。
「続けてくれ。」
「キラーズーは池袋のS・ウルフのなかでも、有数の武闘派だ。そいつらが襲われた。」
タカシの話しによると、WAVEの少し先の明治通り沿いにとめてあったキラーズーのホンダSMXが、鉄パイプを持った奴らにいきなり襲撃されたという。水曜日の夕方のラッシュアワーの人波のなか、SMXのなかにいたメンバーはシートからひきずりだされ、路上で滅多打ちにされた。車もサンドバックのようにやられ、ゼブラ模様のボディはゴルフボールのディンプルみたいにくぼみだらけになった。
「確か紅になついてたのがいたよな。あいつはどうなった?」
「ヨシカズか。両方の鎖骨を砕かれて病院送りだ。話しを聞いてみると、襲った奴らは四人組で、黒い目だし帽で顔を隠していたそうだ。」
「なるほど」
メルセデスは雑司が谷霊園のまわりをゆっくりと右回りに周回していた。タカシが鼻で笑った。
「なにがなるほどだ。おまえがくるまえに俺は多田のオヤジから、、パーティ潰しの話しをもう少し聞いている。やつらの売春部屋を襲ったのも、黒い目だし帽で顔を隠した四人組だったそうだ。」
おれは黙り込んだ。ひんやりと冷たそうな墓石の頭が、ときどきコンクリートの塀越しに見え隠れしている。
「組織の金づるに平気で手を出し、S・ウルフのチームを真昼間に襲う、そんな命知らずの四人組が、この池袋にそうそうたくさん転がっているか。どこのガキのあいだで黒い目だし帽が流行っているんだ。パーティ潰しを負っているのは、組関係だけじゃない。やつらはS・ウルフの敵でもある。」
タカシはそこで声を低めた。
「確かにお前はS・ウルフのメンバーじゃない。誰もお前には強制することが出来ない。だから、今回俺は友人として頼みたい。ヤー公からの注文のやっつけ仕事じゃなく、このパーティ潰しの一件は本気でやってくれ。」
驚いてタカシ見たが、やつは窓の外に目をやったままだった。S・ウルフの王様が誰かに頼みごとをする。真夏に雪が降ることもある。おれだけじゃない。運転手の本郷が息を飲んでいるのが、シート越しに肩の線を見るだけで分かった。おれはようやくいった。
「いいよ。打てる手はすべて打ってみる。でも、おれもひとつ聞きたいことがある。S・ウルフはパーティ潰しを見つけたらどうするつもりなんだ」
正面を向いたままのタカシの顔に、ゆっくりと薄い笑いがもどってきた。
「どうだ、この若いのの器量を信じてみんか」
多田もうなずいた。銅像のように立派な顔をした里美が、初めて厚い唇を開いた。冷蔵庫の奥で忘れられたタラコのように乾いて赤黒い粘膜。
「ご両人がそうおっしゃるんなら、お任せしましょう。ただ今回のパーティ潰しは、酷く荒っぽい奴らだ。集団で動いているのも間違いない。小鳥遊さんが危険な目にあわないように、ボディーガードをひとりつけたいんだが、かまいませんか」
里見は丸い目をおれからまったく動かさずにそういった。どんどん視線の圧力が高まってくる。ふざけた口を利いたら、ひねりつぶすぞ、ワレ、このクソガキ。
「かまいませんよ」
ボディガードのひとりくらい、池袋の街でならいくらでもまくことが出来る。おれのようなガキに、それほど切れるものをつけるとも思えなかった。
「じゃあ、話しはこれで終わりだ。よろしく頼む。私たちは続きの話しがある。」
多田はあっさりそういうと、おれと崇を見て、店の出口を見た。やんごとなき王座の前から退出せよという洗礼された合図だ。おれは軽く会釈して席を立った。タカシも焦るそぶりなど見せずに続く。おれたちは岸壁を離れる客船のように、糸を引くやくざ者たちの視線を振りほどきながら、ゆっくりとクラブを出た。
おっかない。水族館の飼育係はとても無理。
エレベーターをおりると、水商売ビルの前にメルセデスの4WDがとまっていた。おれたちに近づいていくと、今度は本郷が降りてドアを引いてくれる。
「乗ってくれ、こちらもまだ話しがある。」
クラブの中では液体窒素のように冷たかったタカシの声に、微妙な熱を感じた。不吉だ。おれたちが後部座席に乗り込むと、滑るようにメルセデスが発車した。磨き抜かれた窓の中を本立寺境内の七月の木々が動く。夏の夜の鮮やかな緑がいつまでも目に残った。
「一昨日の話しだ。悠もキラーズーというチームは知っているな。」
殺し屋動物園か、いかにも、S・ウルフのチームらしい名前。
「続けてくれ。」
「キラーズーは池袋のS・ウルフのなかでも、有数の武闘派だ。そいつらが襲われた。」
タカシの話しによると、WAVEの少し先の明治通り沿いにとめてあったキラーズーのホンダSMXが、鉄パイプを持った奴らにいきなり襲撃されたという。水曜日の夕方のラッシュアワーの人波のなか、SMXのなかにいたメンバーはシートからひきずりだされ、路上で滅多打ちにされた。車もサンドバックのようにやられ、ゼブラ模様のボディはゴルフボールのディンプルみたいにくぼみだらけになった。
「確か紅になついてたのがいたよな。あいつはどうなった?」
「ヨシカズか。両方の鎖骨を砕かれて病院送りだ。話しを聞いてみると、襲った奴らは四人組で、黒い目だし帽で顔を隠していたそうだ。」
「なるほど」
メルセデスは雑司が谷霊園のまわりをゆっくりと右回りに周回していた。タカシが鼻で笑った。
「なにがなるほどだ。おまえがくるまえに俺は多田のオヤジから、、パーティ潰しの話しをもう少し聞いている。やつらの売春部屋を襲ったのも、黒い目だし帽で顔を隠した四人組だったそうだ。」
おれは黙り込んだ。ひんやりと冷たそうな墓石の頭が、ときどきコンクリートの塀越しに見え隠れしている。
「組織の金づるに平気で手を出し、S・ウルフのチームを真昼間に襲う、そんな命知らずの四人組が、この池袋にそうそうたくさん転がっているか。どこのガキのあいだで黒い目だし帽が流行っているんだ。パーティ潰しを負っているのは、組関係だけじゃない。やつらはS・ウルフの敵でもある。」
タカシはそこで声を低めた。
「確かにお前はS・ウルフのメンバーじゃない。誰もお前には強制することが出来ない。だから、今回俺は友人として頼みたい。ヤー公からの注文のやっつけ仕事じゃなく、このパーティ潰しの一件は本気でやってくれ。」
驚いてタカシ見たが、やつは窓の外に目をやったままだった。S・ウルフの王様が誰かに頼みごとをする。真夏に雪が降ることもある。おれだけじゃない。運転手の本郷が息を飲んでいるのが、シート越しに肩の線を見るだけで分かった。おれはようやくいった。
「いいよ。打てる手はすべて打ってみる。でも、おれもひとつ聞きたいことがある。S・ウルフはパーティ潰しを見つけたらどうするつもりなんだ」
正面を向いたままのタカシの顔に、ゆっくりと薄い笑いがもどってきた。