ー特別編ー水の中の目
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その日は七月最後、快晴の土曜日で、亜季はグリーン通りにある喫茶店で一カ月分のバイト代四万足らずを受け取っているという。娘が翌日曜日の深夜になっても戻らないので、両親は池袋警察署に疾走届を出した。小金を持った娘が夏休みの直前に家出をするのは良くあることで、少年課では規則通りの手続きを踏んだが、格別の捜査態勢を敷いたわけではなかった。すべては夏のせいなのだ。男とけんかするか、金を使い果たせば娘は帰ってくる。
だが、亜季は一週間しても戻らなかった。堅い勤め人の両親はひどく心配したが、警察からの連絡はいくら待ってもやってこない。学校側でも友人関係やボーイフレンドなど、ひと通りの聞き取り調査は進めたが、結果は空振りに終わった。そのままいけば亜季は池袋のジャングルに消えてしまう、年に何人かの未成年のひとりになるだろう。いまどき神隠しなんて流行らないが、消える人間が実際に居る以上仕方ない。
事件が急展開を見せたのは、二週間後の土曜日だった。山手通りを走っていたタクシー運転手が、路地を飛び出してきた娘をひいた。時速は法定速度をわずかにうわまわっていた五十キロ+α。娘はがりがりにやせ細り、すだれのように引き裂かれたTシャツ一枚を、全裸にかぶっただけの姿だったという。救急車で運び込まれた敬愛病院で、娘は自分の名と両親の連絡先を虫の息で漏らした。
娘の異常に気づいた医師が警察に通報し、事件はおもてざたになった。牧野亜季は全身を強打しており、警察からの連絡で両親が病院に駆けつける前に息を引き取った。最後の言葉は「すみません、何か食べる物をください」。頭蓋骨が割れているのに、それでも腹が減ってたまらなかったのだろう。
交通事故による頭部挫傷という死因に疑問を持った池袋署では、牧野亜季の遺体を司法解剖に回した。次の文章は担当医の供述だ。
【解剖時の被害者の体重は、三十九キログラムである。四月に実施された都立高校での体重測定では四十七キログラムだった、失踪後の二週間で体重の減少は二割近い八キログラムに達する。皮下脂肪の厚さは、通常この年齢の婦女子の場合一・五から二センチメートルくらいであるが、被害者の場合一センチメートルを切っており、大変な栄養失調状態にあったと考えられる。重度の運動障害を起こしていた可能性もある。どの程度食事をとっていなかったか、遺体から判断するのは難しいが、監禁をおこなった少年たちは、ほとんど食事をさせていなかったのではないかと考えられる。また、交通事故による右体側面だけでなく、遺体の全身に殴打によるものとみられる浮腫が散在している。これによる外傷性ショックのみで、死に至る危険が存在したことは指摘しておかなければならない。膣および肛門には複数の裂傷が、両乳房及び外性器には真皮層に達する火傷が認められる。陰毛の先端は加熱により丸まっていた。供述通り、少年たちは退屈すると、被害者の陰部に火を放っていたのではないか】
おれなら供述はひと言ですむ。「なぶり殺し」。
目撃者の証言により、娘が裸足で飛び出した家がその日のうちに判明した。千早一丁目。もう二十年もまえに分譲された健売住宅が並ぶ一角だ。自動車が一台通るのがやっとの路地のどん詰まりにその家が暗く建っている。ほこりっぽくすすけた黄土色のモルタルの、小さな二階建ての一軒家。
その二階の 六畳がガキの溜まり場で、四畳半が牧野亜季の監禁部屋。おれはこの事件について調べるたびに、その部屋で三年前の二週間に行われたことを想像して気分が悪くなった。理由は簡単だ。あんなに恐ろしいことなのに、おれにはやすやすとそこで行われたことが想像できたから。獣のようなガキなんて、自分と別な種類の生き物だとすましてはいられなかった。
二階の闇は誰の心の中にもある。
おれがのろのろと「千早女子高生監禁事件」を調べて居た 今年の七月、池袋の街でもいつものように事件が起こっていた。だが、こちらは全国ネットどころか、地元の警察でさえ知られていない幻の、事件ではない事件だ。
ところで、アンタは「大人のパーティ」を知ってるだろうか。
だが、亜季は一週間しても戻らなかった。堅い勤め人の両親はひどく心配したが、警察からの連絡はいくら待ってもやってこない。学校側でも友人関係やボーイフレンドなど、ひと通りの聞き取り調査は進めたが、結果は空振りに終わった。そのままいけば亜季は池袋のジャングルに消えてしまう、年に何人かの未成年のひとりになるだろう。いまどき神隠しなんて流行らないが、消える人間が実際に居る以上仕方ない。
事件が急展開を見せたのは、二週間後の土曜日だった。山手通りを走っていたタクシー運転手が、路地を飛び出してきた娘をひいた。時速は法定速度をわずかにうわまわっていた五十キロ+α。娘はがりがりにやせ細り、すだれのように引き裂かれたTシャツ一枚を、全裸にかぶっただけの姿だったという。救急車で運び込まれた敬愛病院で、娘は自分の名と両親の連絡先を虫の息で漏らした。
娘の異常に気づいた医師が警察に通報し、事件はおもてざたになった。牧野亜季は全身を強打しており、警察からの連絡で両親が病院に駆けつける前に息を引き取った。最後の言葉は「すみません、何か食べる物をください」。頭蓋骨が割れているのに、それでも腹が減ってたまらなかったのだろう。
交通事故による頭部挫傷という死因に疑問を持った池袋署では、牧野亜季の遺体を司法解剖に回した。次の文章は担当医の供述だ。
【解剖時の被害者の体重は、三十九キログラムである。四月に実施された都立高校での体重測定では四十七キログラムだった、失踪後の二週間で体重の減少は二割近い八キログラムに達する。皮下脂肪の厚さは、通常この年齢の婦女子の場合一・五から二センチメートルくらいであるが、被害者の場合一センチメートルを切っており、大変な栄養失調状態にあったと考えられる。重度の運動障害を起こしていた可能性もある。どの程度食事をとっていなかったか、遺体から判断するのは難しいが、監禁をおこなった少年たちは、ほとんど食事をさせていなかったのではないかと考えられる。また、交通事故による右体側面だけでなく、遺体の全身に殴打によるものとみられる浮腫が散在している。これによる外傷性ショックのみで、死に至る危険が存在したことは指摘しておかなければならない。膣および肛門には複数の裂傷が、両乳房及び外性器には真皮層に達する火傷が認められる。陰毛の先端は加熱により丸まっていた。供述通り、少年たちは退屈すると、被害者の陰部に火を放っていたのではないか】
おれなら供述はひと言ですむ。「なぶり殺し」。
目撃者の証言により、娘が裸足で飛び出した家がその日のうちに判明した。千早一丁目。もう二十年もまえに分譲された健売住宅が並ぶ一角だ。自動車が一台通るのがやっとの路地のどん詰まりにその家が暗く建っている。ほこりっぽくすすけた黄土色のモルタルの、小さな二階建ての一軒家。
その二階の 六畳がガキの溜まり場で、四畳半が牧野亜季の監禁部屋。おれはこの事件について調べるたびに、その部屋で三年前の二週間に行われたことを想像して気分が悪くなった。理由は簡単だ。あんなに恐ろしいことなのに、おれにはやすやすとそこで行われたことが想像できたから。獣のようなガキなんて、自分と別な種類の生き物だとすましてはいられなかった。
二階の闇は誰の心の中にもある。
おれがのろのろと「千早女子高生監禁事件」を調べて居た 今年の七月、池袋の街でもいつものように事件が起こっていた。だが、こちらは全国ネットどころか、地元の警察でさえ知られていない幻の、事件ではない事件だ。
ところで、アンタは「大人のパーティ」を知ってるだろうか。