ー特別編ー水の中の目
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その年の八月、おれは初めて長いものを書こうとしていた。おれの実力からすればアロハシャツにサンダルばきでヒマラヤに無酸素登頂するようなもの。無謀もいいとこ。おれがストリートファッション誌に不定期連載しているコラムは原稿用紙八枚。さっと斜め読みして、ちょっと危ない小物が転がった小部屋に入り、すぐに読みきって忘れてしまうにはちょうどいい長さだが、だんだんとそれだけではもの足らなくなってきた。書くことのなかで、もっと登ってみたい、苦しんでみたいという気になったのだ。現役高校生で読書に好きの奥手のライターにしては、高望みしすぎだろうか。
だが、長いものを書くといっても、何を書いたらいいのか、さっぱりわからなかった。おれには波瀾万丈の物語は書けそうもない。これまでのネタもみをな池袋の街で出会い頭に衝突したものばかり。鮮度はよくても、たいして代わりばえしないネタだ。シーラカンスの刺身みたいな、世の中があっと驚く一品は出せそうもない。そこでおれは考えた。みんなが知らないことを書けなければ、みんなが知っていることを書けばいい。
この池袋の街で発生し、おれと同じようなガキどもが関わっていて、しかも全国的に名を知られた事件。そいつをきちんと調べあげ、おれなりに書くのだ。それだけの条件を満たすものといえば、思い浮かぶのはあの一件しかなかった。おれのホームタウン西池袋の隣街で、三年前に起きた事件だ。
町の名は東京都豊島区千早。これだけで思い出す人間もきっと多いだろう。
そう、あの悲惨な「千早女子高生監禁事件」。これなら、なんとか調べられるとおれは軽薄に判断をくだした。主犯の少年Aと従犯の少年B・Cは、好都合にもおれと差ほど変わらない年。さらに下っ端のD・Eは年下なのだ。まあ、なんとかなりそうだ。
それが間違いの始まりだった。年がわかれば、その人間がわかるなんてまったく馬鹿げた考えだよな。愚かなエイジズム。同世代だろうが、若かろうが、人間なんてみんなただの謎で、等身大のクエスチョンマークが服を着て歩いてるようなものだ。
なっ、あんただって自分のことなど、爪の先ほどもわからないだろ。
事件は当時十七歳の都立高校二年生・牧野亜季が、アルバイトの帰りに行方不明になったことから始まった。おれは制服姿の亜季の写真を見たことがある。しばらく見ていると目を閉じてもまぶたの裏が青く染まる夏空のような、透明感のあるきれいな女の子だった。その笑顔に起こった不幸を知っているせいで、なおさら切なく感じたのかもしれない。
だが、長いものを書くといっても、何を書いたらいいのか、さっぱりわからなかった。おれには波瀾万丈の物語は書けそうもない。これまでのネタもみをな池袋の街で出会い頭に衝突したものばかり。鮮度はよくても、たいして代わりばえしないネタだ。シーラカンスの刺身みたいな、世の中があっと驚く一品は出せそうもない。そこでおれは考えた。みんなが知らないことを書けなければ、みんなが知っていることを書けばいい。
この池袋の街で発生し、おれと同じようなガキどもが関わっていて、しかも全国的に名を知られた事件。そいつをきちんと調べあげ、おれなりに書くのだ。それだけの条件を満たすものといえば、思い浮かぶのはあの一件しかなかった。おれのホームタウン西池袋の隣街で、三年前に起きた事件だ。
町の名は東京都豊島区千早。これだけで思い出す人間もきっと多いだろう。
そう、あの悲惨な「千早女子高生監禁事件」。これなら、なんとか調べられるとおれは軽薄に判断をくだした。主犯の少年Aと従犯の少年B・Cは、好都合にもおれと差ほど変わらない年。さらに下っ端のD・Eは年下なのだ。まあ、なんとかなりそうだ。
それが間違いの始まりだった。年がわかれば、その人間がわかるなんてまったく馬鹿げた考えだよな。愚かなエイジズム。同世代だろうが、若かろうが、人間なんてみんなただの謎で、等身大のクエスチョンマークが服を着て歩いてるようなものだ。
なっ、あんただって自分のことなど、爪の先ほどもわからないだろ。
事件は当時十七歳の都立高校二年生・牧野亜季が、アルバイトの帰りに行方不明になったことから始まった。おれは制服姿の亜季の写真を見たことがある。しばらく見ていると目を閉じてもまぶたの裏が青く染まる夏空のような、透明感のあるきれいな女の子だった。その笑顔に起こった不幸を知っているせいで、なおさら切なく感じたのかもしれない。