ー特別編ーカウントアップ
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イブの夜、おれは改心したスクルージになったような気がした。なにせ手元の金がどんどん消えていく。夜十一時に、凍えるような寒さのなか東池袋のデニーズにいった。今度は徒歩でタクシーは使わない。禅にメリークリスマスといい、シャロン吉村の積立の八ヶ月分のギャラを渡した。やつはクリスマスの夜も、ひとりファミレスのテーブルで聖なるメッセージを待ち続けるそうだ。
それから真夜中すこしまえ、ラスタ・ラヴに顔をだした。コンクリートの真っ暗な箱のなかは落書きがさらにひどくなっている。ブラックライトを受けて蛍が飛んだ跡のようにグラフィティが躍っていた。おれはVIPルームでタカシに礼をいい、約束の金をテーブルにおいた。タカシが指を弾くと取り巻きのひとりが金をもってどこかに消える。ヒロキのことを話すと、タカシはニヤリとわらっていった。
「本社ビルにおいてきたのか。多田のオヤジも驚いたろうな。それにしても、悠、あのヒロキってガキ、なにか変なこといってたろう。マックとかミスドとか、あれはいったいなんなんだ」
笑って秘密だといった。それは数の秘密だ。ヒロキや禅のいう通り、世界の一部は、実際に数でできているのかもしれない。おれ自身はそんなに深く秘密を知りたいとは思わないけれど。
その夜はタカシとその他Sウルフといっしょに色んな店で朝まで飲んだ。こんなにいい男がふたりで飲んでいるんだから、逆ナンパなんてうるさいくらい。なぜかどの女もタカシのほうへいくのが不思議だが、おれはぜんぜんめげなかった。おれの魅力は理解するのに、ちょっとばかり時間がかかるのだ。
シャロン吉村とはまた一度食事をした。おれは学費積立をすべて使ってしまったことを謝った。ヒロキの母は笑って礼をいう。余裕。やっぱり金銭感覚がおれなんかとは違うのだろう。たまにテレビを見ていると、例の離婚バラエティで若い夫婦を叱っている。自分の離婚経験を話すときなど、うっすらと涙ぐんだりするのだが、どこまでが演技なのかおれにはわからない。
ヒロキとはその年、結局会えなかった。電話ではちょくちょく話したが、多田は用心してヒロキを表にださなかったそうだ。ヒロキが西口公園にあらわれたのは、新年も十日をすぎたころだった。冬の陽射しであたたまったベンチでiPodを聞いていると、円形広場の反対側にいきなりやつがあらわれる。
ヘルメットにダウンジャケットとジーンズ、ひじとひざにはパッドつきの完全防備。その日はインラインスケートをはいていないから、薄く張った氷を渡るように小刻みに足を運び、ヒロキは広場を越えてくる。蜜蜂の羽ばたきくらいの速さで計数機を叩いているようだった。
穏やかに晴れた一月の空のした、誰かがゆっくりと、だが着実に自分のほうにむかってくるのを待つ十分間。そんな時間のすごしかたも悪くない。
ーカウントアップ・完ー
それから真夜中すこしまえ、ラスタ・ラヴに顔をだした。コンクリートの真っ暗な箱のなかは落書きがさらにひどくなっている。ブラックライトを受けて蛍が飛んだ跡のようにグラフィティが躍っていた。おれはVIPルームでタカシに礼をいい、約束の金をテーブルにおいた。タカシが指を弾くと取り巻きのひとりが金をもってどこかに消える。ヒロキのことを話すと、タカシはニヤリとわらっていった。
「本社ビルにおいてきたのか。多田のオヤジも驚いたろうな。それにしても、悠、あのヒロキってガキ、なにか変なこといってたろう。マックとかミスドとか、あれはいったいなんなんだ」
笑って秘密だといった。それは数の秘密だ。ヒロキや禅のいう通り、世界の一部は、実際に数でできているのかもしれない。おれ自身はそんなに深く秘密を知りたいとは思わないけれど。
その夜はタカシとその他Sウルフといっしょに色んな店で朝まで飲んだ。こんなにいい男がふたりで飲んでいるんだから、逆ナンパなんてうるさいくらい。なぜかどの女もタカシのほうへいくのが不思議だが、おれはぜんぜんめげなかった。おれの魅力は理解するのに、ちょっとばかり時間がかかるのだ。
シャロン吉村とはまた一度食事をした。おれは学費積立をすべて使ってしまったことを謝った。ヒロキの母は笑って礼をいう。余裕。やっぱり金銭感覚がおれなんかとは違うのだろう。たまにテレビを見ていると、例の離婚バラエティで若い夫婦を叱っている。自分の離婚経験を話すときなど、うっすらと涙ぐんだりするのだが、どこまでが演技なのかおれにはわからない。
ヒロキとはその年、結局会えなかった。電話ではちょくちょく話したが、多田は用心してヒロキを表にださなかったそうだ。ヒロキが西口公園にあらわれたのは、新年も十日をすぎたころだった。冬の陽射しであたたまったベンチでiPodを聞いていると、円形広場の反対側にいきなりやつがあらわれる。
ヘルメットにダウンジャケットとジーンズ、ひじとひざにはパッドつきの完全防備。その日はインラインスケートをはいていないから、薄く張った氷を渡るように小刻みに足を運び、ヒロキは広場を越えてくる。蜜蜂の羽ばたきくらいの速さで計数機を叩いているようだった。
穏やかに晴れた一月の空のした、誰かがゆっくりと、だが着実に自分のほうにむかってくるのを待つ十分間。そんな時間のすごしかたも悪くない。
ーカウントアップ・完ー