「こうして対対で話すのは久しぶりだな。なにか用があるのか？」

禅はにこりともしない。

「悠…さん……とは…そのうち……必ず……同じ…ヤマを……踏…みま…す……から、好意で…ア…ドヴァ…イス…をあげ…ます」

しばらく間をおき、おれの目をのぞきこむようにいう。

「多田…の…息子…から……離れて…くだ……さい。もう……あの…ガキに…は……手を…ださない…方がいい」

そんなことを急にいわれても困る。母親からも頼まれているし、おれ自身ヒロキのことがけっこう気に入っているんだから。それともおれのそばにいるとヒロキが危険になるとでもいうのだろうか。

「理由は」

禅は黙って首を横に振った。またあの目でじっとおれを見る。

「未来の……危険の…可能性に……ついて…いっ…ている……んです。そ……の…原因が……どれ…にあ…るかな……んて……推測…は…不可能…です。」

「それじゃ、素直には聞けないな」

やつは初めて笑顔を見せた。あごの横の筋が引っ張られて、頭皮がぴんと突っ張った。人間は頭蓋骨全体で笑う。思わずおれはきいた。

「ところでその前髪にはなんの意味があるんだ？」

おもしろくも無さそうな顔で、禅はいう。

「悠…さんに……髪のこ……とを…いわれる……とは……アンテナ…です」

訳がわからない。素直にそういった。すると、禅はパソコンのキーボードをヒロキのカウント並の早さで叩き、画面をおれに向けてきた。どうやら喋り疲れたらしい。

【世の中になにかがあらわれるたびに、みんな新しいものを『魂のない技術』だなんていいます。俺はそうは思いません。手書きの写本があたりまえだったころ、印刷機でつくった本が登場すると、そんなものには魂も知恵もこめられていないといわれたそうです。今を見てください。活字には魂がありますが、ネットにはそんなものはないとやつらはいいます】

禅の目の淵が澄んで、どんどん深くなっていった。小石を投げたら見えなくなるまで沈んでいきそうだ。

【おれはいつも波立っているデジタル情報の海のなかに、きっと俺だけに向けられた聖なるメッセージがあると信じてます。この髪はそいつを受けとめるためのアンテナなんです。その日がくるまで、俺はこのファミレスに座って、情報を整理してはあちこちに売りつける。デジタルの海の灯台みたいなものです。】

どこかもの悲しげな笑顔を見せると、急におれには関心をなくしたようだった。目もあわせなくなる。

「もう……いいで…すよ。確かに…アド…ヴァイ…ス…は……渡し…ましたから。」

「おれは禅がデジタルの住人だろうと大事なツレのひとりだぞ。」

それと礼をいっておれは席をたった。禅の忠告は気にしないことにした。ミス2。

ファミレスのボックス席で、自分のためだけに送られた聖なるメッセージを待つ生活。想像も出来なかったたが、おれのための信号もその海にはあるのだろうか。ハロー、ハローこちら神様。