ー特別編ーカウントアップ
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「おまえ、ほんとうに今ので覚えちゃったのか」
「うん。もう忘れないよ、絶対」
そういうとヒロキはおれの携帯の番号をすらすらといった。あたりまえの退屈そうな表情を浮かべている。
「なにか、数を覚えるこつでもあるのか」
超然とした笑いではなく、得意満面の子どもらしい笑顔になった。なにが子どもらしいかなんて、おれにはわからないけどな。
「悠はいい人だから、特別に教えてあげる」
そういうとヒロキは、猛烈に早口のラップのような口調でいった。
「ケンタ・スカイラーク・ケンタ・デニーズ・デニーズ・ヨシノヤ・マック・スカイラーク・ミスド・ヨシノヤ・ガスト。これが悠の番号だよ」
「なんだそれ」
「数字を数字のまま覚えるからだめなんだ。頭のなかで数を味におき換えるんだよ。それでね、できれば個々のおいしさじゃなくて、そのつながりを覚えるんだ。わかるかな」
カチカチカチ。ヒロキの計数機はとまらなかった。おれは正直にわからないといった。だってそんなことできるわけない。
「あのさ、ラーメンのあとでアイスクリームを食べると、なんかおかしな薬みたいな味がするでしょう。そういう味のつなぎめを覚えるんだ。吉野屋の紅しょうがとマックのダブルチーズバーガーなら、湿った段ボールをかんだような味になる。簡単でしょ。」
また超然と笑う。おれもお手上げ。だった。今度あったら、その方法をきちんともう一度教えてくれといって、喫茶店をでた。おれの不定期に書いてるコラムに使えるかもしれない。ヒロキのちいさな背中が地下鉄の階段に消えるまで、おれは冬の路上でやつを見送った。
十五メートルの歩道を地雷原のように前進する、十歳の少年の危機的な七分間。
その夜、うちの店で塗料でも使ったんじゃないかというくらいきれいなピンク色の桃饅頭(ひとつ百円!)を売り付けていると、おれのスマホが鳴った。耳元にあてると、大人の女の声がした。初めての声。おれには親戚のおばちゃん以外、四十代からうえの女性の知り合いはいない。
『はじめまして。私、シャロン吉村と申します。吉村は今の主人と結婚するまえの芸名で、今は多田と申します。今日はうちのひろきがご迷惑をおかけしました。』
驚いた。ヒロキの母親は芸能人だったのだ。おれはよく知らないけど、若いころは美人女優で売ってたらしい。今はときどき夜七時の悲惨な離婚相談ヴァラエティ(すごいコメディ)で見かけることがある。「こんな男だめね、別れちゃいなさい」なんて、ひと目見れば誰でもわかるコメントをしゃべってる品のよさそうな中年タレントだ。要するになにをして食ってるのかわからない芸能人のひとり。別に迷惑なんかじゃないとおれはいった。
「うん。もう忘れないよ、絶対」
そういうとヒロキはおれの携帯の番号をすらすらといった。あたりまえの退屈そうな表情を浮かべている。
「なにか、数を覚えるこつでもあるのか」
超然とした笑いではなく、得意満面の子どもらしい笑顔になった。なにが子どもらしいかなんて、おれにはわからないけどな。
「悠はいい人だから、特別に教えてあげる」
そういうとヒロキは、猛烈に早口のラップのような口調でいった。
「ケンタ・スカイラーク・ケンタ・デニーズ・デニーズ・ヨシノヤ・マック・スカイラーク・ミスド・ヨシノヤ・ガスト。これが悠の番号だよ」
「なんだそれ」
「数字を数字のまま覚えるからだめなんだ。頭のなかで数を味におき換えるんだよ。それでね、できれば個々のおいしさじゃなくて、そのつながりを覚えるんだ。わかるかな」
カチカチカチ。ヒロキの計数機はとまらなかった。おれは正直にわからないといった。だってそんなことできるわけない。
「あのさ、ラーメンのあとでアイスクリームを食べると、なんかおかしな薬みたいな味がするでしょう。そういう味のつなぎめを覚えるんだ。吉野屋の紅しょうがとマックのダブルチーズバーガーなら、湿った段ボールをかんだような味になる。簡単でしょ。」
また超然と笑う。おれもお手上げ。だった。今度あったら、その方法をきちんともう一度教えてくれといって、喫茶店をでた。おれの不定期に書いてるコラムに使えるかもしれない。ヒロキのちいさな背中が地下鉄の階段に消えるまで、おれは冬の路上でやつを見送った。
十五メートルの歩道を地雷原のように前進する、十歳の少年の危機的な七分間。
その夜、うちの店で塗料でも使ったんじゃないかというくらいきれいなピンク色の桃饅頭(ひとつ百円!)を売り付けていると、おれのスマホが鳴った。耳元にあてると、大人の女の声がした。初めての声。おれには親戚のおばちゃん以外、四十代からうえの女性の知り合いはいない。
『はじめまして。私、シャロン吉村と申します。吉村は今の主人と結婚するまえの芸名で、今は多田と申します。今日はうちのひろきがご迷惑をおかけしました。』
驚いた。ヒロキの母親は芸能人だったのだ。おれはよく知らないけど、若いころは美人女優で売ってたらしい。今はときどき夜七時の悲惨な離婚相談ヴァラエティ(すごいコメディ)で見かけることがある。「こんな男だめね、別れちゃいなさい」なんて、ひと目見れば誰でもわかるコメントをしゃべってる品のよさそうな中年タレントだ。要するになにをして食ってるのかわからない芸能人のひとり。別に迷惑なんかじゃないとおれはいった。