ー特別編ーカウントアップ
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十分後おれのまえに立つと、ヒロキは自分が成功した難事業に目を輝かせていった。
「三百二十七歩。最短記録だよ」
なんといえばいいのかわからなかったので、初対面の女と同じように扱った。取りあえず、ほめとけ。
「すごいな、ヒロキ」
そういうとやつの両手の計数機が、オートバイのエンジンみたいに回転数をあげた。
「昨日は傘をおごってもらった。だから、今日悠はぼくにおごられなくちゃいけないよ」
どうでもいいけどといいたげな、河のむこう岸にでも送る笑顔。ヒロキはまた財布を引っ張りだした。コインポケットをいっぱいに開いて見せる。
「お金ならあるんだ。心配しなくていいよ」
端がほつれたナイロンの財布は真新しい五百玉でぱんぱんだっだ。おれはちょっと驚いた顔をしたらしい。
「お金ないの?ほしければあげるよ」
いいんだといった。このガキとコーヒーを飲むのもおもしろいかもしれない。おれたちは遥かな喫茶店をめざし、石蹴り遊びを始めた。
目標は西口公園を出て通りをへだてたプロントだった。一車線の車道と歩道の幅をあわせても公園からは五メートルくらいしか離れていない。一番近くの店にしてよかった。なにせ、ヒロキはあわない靴をはいたカタツムリくらいの速さ。よっぽど、肩に抱えて走ろうかと思ったが、やつの表情には手を出すのを躊躇(ためら)わせるものがあった。どこかの小説家が「魂のことをする場所」なんていっていたが、ヒロキの歩きかたや数を数えるときの真剣さは、心の深いところから湧き出てくる透明な自発性がある。それは相手がいくつだろうと大切にしなければならないものだ。
二十分後、店にはいったときにはおれはくたくたに疲れていた。歩いて西口公園をでる、それがこんな大旅行だとは。こんなことを毎日やっているヒロキの生活の大変さが身にしみた。おれたちは人影のすくない冬の公園を見渡す窓際に席をとった。ヒロキはよじのぼるように腰高の椅子に座る。移動するときはあれほど慎重だったのに、席に着くと今度はじっとしていられなくなるようだった。カチカチと計数機を叩き、つねに姿勢を変えている。
「ねえ、やっぱり悠もLDなの」
カフェオレとココア味のカップケーキをはさんで、ヒロキはそういった。口元には例の超然とした笑い。LDはラーニング・ディスアビリティ、知能には遅滞がみられないのに、特定あるいはすべての科目で学習障害があらわれる状態だ。学校ではお手上げ。原因はわからない。ヒロキは自分と同じように昼間から公園でぶらぶらしているので、おれもLDだと思ったらしい。
「三百二十七歩。最短記録だよ」
なんといえばいいのかわからなかったので、初対面の女と同じように扱った。取りあえず、ほめとけ。
「すごいな、ヒロキ」
そういうとやつの両手の計数機が、オートバイのエンジンみたいに回転数をあげた。
「昨日は傘をおごってもらった。だから、今日悠はぼくにおごられなくちゃいけないよ」
どうでもいいけどといいたげな、河のむこう岸にでも送る笑顔。ヒロキはまた財布を引っ張りだした。コインポケットをいっぱいに開いて見せる。
「お金ならあるんだ。心配しなくていいよ」
端がほつれたナイロンの財布は真新しい五百玉でぱんぱんだっだ。おれはちょっと驚いた顔をしたらしい。
「お金ないの?ほしければあげるよ」
いいんだといった。このガキとコーヒーを飲むのもおもしろいかもしれない。おれたちは遥かな喫茶店をめざし、石蹴り遊びを始めた。
目標は西口公園を出て通りをへだてたプロントだった。一車線の車道と歩道の幅をあわせても公園からは五メートルくらいしか離れていない。一番近くの店にしてよかった。なにせ、ヒロキはあわない靴をはいたカタツムリくらいの速さ。よっぽど、肩に抱えて走ろうかと思ったが、やつの表情には手を出すのを躊躇(ためら)わせるものがあった。どこかの小説家が「魂のことをする場所」なんていっていたが、ヒロキの歩きかたや数を数えるときの真剣さは、心の深いところから湧き出てくる透明な自発性がある。それは相手がいくつだろうと大切にしなければならないものだ。
二十分後、店にはいったときにはおれはくたくたに疲れていた。歩いて西口公園をでる、それがこんな大旅行だとは。こんなことを毎日やっているヒロキの生活の大変さが身にしみた。おれたちは人影のすくない冬の公園を見渡す窓際に席をとった。ヒロキはよじのぼるように腰高の椅子に座る。移動するときはあれほど慎重だったのに、席に着くと今度はじっとしていられなくなるようだった。カチカチと計数機を叩き、つねに姿勢を変えている。
「ねえ、やっぱり悠もLDなの」
カフェオレとココア味のカップケーキをはさんで、ヒロキはそういった。口元には例の超然とした笑い。LDはラーニング・ディスアビリティ、知能には遅滞がみられないのに、特定あるいはすべての科目で学習障害があらわれる状態だ。学校ではお手上げ。原因はわからない。ヒロキは自分と同じように昼間から公園でぶらぶらしているので、おれもLDだと思ったらしい。