ー特別編ーカウントアップ
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西口公園の円形広場にそのガキの姿があらわれたのは、その冬最初の寒波がやってきたころだった。敷石のすき間に白く粉を打ったように初霜がおりて、涼しさに慣れてきた身体に北風が鞭をふるう十一月の終わり、そのガキはカチカチという計数機の音とともにやってきた。アルバイト学生が通りで通行人を数えるのに使うあの銀の計数機だ。カチカチ。
身長は百四十センチも無いチビ。やせているので体重だって三十キロくらいだろう。本当ならどこかの小学校で分数の計算でも習っているはずなのに、昼間から円形広場のベンチにひとりで座っている。いいや、「座っている」というのは正確じゃない。やつは太いステンレスパイプのベンチで、またがったり、のったり、もたれたり、寝そべったり、したをくぐったりする。要はひとときもじっとしていられないのだ。そうして絶えず落ち着きなく動きまわりながら、両手に持った計数機で冬の公園で目につくものを、やたらカチカチとかぞえている。
池袋駅から歩いて数分、西口公園は自分の部屋の広いバルコニーみたいなものだから、おれはなんとなくそのガキを毎日観察することになった。だいたい、ちょっと変わった人間が気になるたちなのだ(おれ自身があきれるほど健康だからかもしれない。)。
やつの恰好はいつも同じだった。ジーンズにハイカットのバスケットシューズ、うえはTシャツにダウンジャケット。なぜかひじとひざにスケートボードのハーフパイプの選手がするようなパッドをつけ、頭にはソフトなヘルメットをかぶっている。
ある午後、やつのいるベンチの隣に座ったことがある。やつはその場から見えるすべての人間を、右手で男、左手で女に分けて、カチカチと数えまくっていた。凍える池袋の街を、当然やつには無関心に早足で通り過ぎるすべての都会人。猛烈な勢いで計測器のボタンを押しているやつの横顔を、おれはそっと盗み見た。あごの横にははずしたままのヘルメットのストラップが揺れている。
ひと重のちょっと吊ったおおきな目、丸くて小さな鼻、厚い花びらのような唇。やつは超然と笑っていた。誰かとつながったり、誰かに笑いかける笑顔じゃない。自分が、世界とは関係ないということを証明する笑いだ。この世界や人間たちになにが起きても、自分の笑顔ひとつ傷つけることはできない。そう宣言しているようだ。誰も足を踏み入れることのない森の奥の泉の冬空を一段と濃い青に映す水面のような澄んだ笑顔だった。
その笑顔を見て、ぐらりとおれの中でなにかが動いた。十歳でそんな笑い方を身につけるガキ。そんなやつを放っておけないだろ。それでおれは自分から、やつのトラブルに巻き込まれたのだ。
ミス1。
少年と最初に言葉を交わしたのは雨の日。
十二月にはいり、池袋の街はクリスマス商戦がでたらめににぎわいを見せていた。奥手のカップルが初めてのセックスに踏み切る口実にぴったりの神の子の誕生日。街には「ほら私ってかわいいでしょ!」って顔をした、女受けするもの欲しげなポスターが溢れている。この国の神様はかわいさと物欲とよりおおきな桁の数字だ。
身長は百四十センチも無いチビ。やせているので体重だって三十キロくらいだろう。本当ならどこかの小学校で分数の計算でも習っているはずなのに、昼間から円形広場のベンチにひとりで座っている。いいや、「座っている」というのは正確じゃない。やつは太いステンレスパイプのベンチで、またがったり、のったり、もたれたり、寝そべったり、したをくぐったりする。要はひとときもじっとしていられないのだ。そうして絶えず落ち着きなく動きまわりながら、両手に持った計数機で冬の公園で目につくものを、やたらカチカチとかぞえている。
池袋駅から歩いて数分、西口公園は自分の部屋の広いバルコニーみたいなものだから、おれはなんとなくそのガキを毎日観察することになった。だいたい、ちょっと変わった人間が気になるたちなのだ(おれ自身があきれるほど健康だからかもしれない。)。
やつの恰好はいつも同じだった。ジーンズにハイカットのバスケットシューズ、うえはTシャツにダウンジャケット。なぜかひじとひざにスケートボードのハーフパイプの選手がするようなパッドをつけ、頭にはソフトなヘルメットをかぶっている。
ある午後、やつのいるベンチの隣に座ったことがある。やつはその場から見えるすべての人間を、右手で男、左手で女に分けて、カチカチと数えまくっていた。凍える池袋の街を、当然やつには無関心に早足で通り過ぎるすべての都会人。猛烈な勢いで計測器のボタンを押しているやつの横顔を、おれはそっと盗み見た。あごの横にははずしたままのヘルメットのストラップが揺れている。
ひと重のちょっと吊ったおおきな目、丸くて小さな鼻、厚い花びらのような唇。やつは超然と笑っていた。誰かとつながったり、誰かに笑いかける笑顔じゃない。自分が、世界とは関係ないということを証明する笑いだ。この世界や人間たちになにが起きても、自分の笑顔ひとつ傷つけることはできない。そう宣言しているようだ。誰も足を踏み入れることのない森の奥の泉の冬空を一段と濃い青に映す水面のような澄んだ笑顔だった。
その笑顔を見て、ぐらりとおれの中でなにかが動いた。十歳でそんな笑い方を身につけるガキ。そんなやつを放っておけないだろ。それでおれは自分から、やつのトラブルに巻き込まれたのだ。
ミス1。
少年と最初に言葉を交わしたのは雨の日。
十二月にはいり、池袋の街はクリスマス商戦がでたらめににぎわいを見せていた。奥手のカップルが初めてのセックスに踏み切る口実にぴったりの神の子の誕生日。街には「ほら私ってかわいいでしょ!」って顔をした、女受けするもの欲しげなポスターが溢れている。この国の神様はかわいさと物欲とよりおおきな桁の数字だ。