ー特別編ー北口アイドル@アンダーグラウンド
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初夏の日ざしが強烈に注ぐ午後だった。東京では毎年梅雨いりまえの数日、真夏のような陽気がやって来る。気がつけば午前中から気温は三十度を超えて、池袋の駅まえロータリーが陽炎(かげろう)に揺れる真夏日だ。
そんな日のおれはというと、うちの茶屋の店先に水をまき、エアコンのしたであまり暑苦しくない音楽をきいているばかり。シベリウスやグリーグやベルワルド、北欧の作曲家はなぜか耳に涼しくて良いよな。吉音には子守唄にしか聴こえてないらしくだらしない格好で寝ているけど。
あのハーモニーの透明感と流麗さ。初夏の果物を使った和菓子の甘ったるい匂いで、腹がもたれそうなときでも、胃薬みたいにすっきり効いてくれる。
そのときもおれは、ベルワルドの交響曲第三番をかけていた。「サンギュリエール」(独特な、風変わりな、非凡な)という副題がついたなかなかおもしろいシンフォニーだ。
女がうちの店にはいってきたのは、第二楽章が鳴っていた午後二時すぎだった。地味な女だったが大江戸学園の生徒で無いのはすぐにわかった。ブラックジーンズにグレイのパーカー。太い黒ぶちのメガネをかけている。きっと伊達メガネだろう。
「小鳥遊悠さんですか」
ひどくいい声。アニメの女子高生みたいな甘い感じなんだが、もっとしっとりしている。耳のなかに冷たいシロップでも流し込まれたみたい。あっけにとられてると、カジュアルな喪服のようなカッコをした女がいった。
「あの、小鳥遊悠さんを探しているんですけど。ここのお店で間違いないでしょうか」
もうすこしこの声をきいていたくて、返事をするのをやめようかと思った。
「おれがゆうだけど」
「よかった。おかしな人だったら、どうしようかと思っていました」
女はなにか気になるようで、振り向いて路上を確かめている。誰かに追われているのだろうか。
「わたしは空川否美といいます」
「ウツカワイナミ?」
おれは変な顔をしたらしい。女はあわてていった。
「もちろん本名じゃありません、芸名です。わたしはアイドル業をやっているものですから」
あらためて、女の顔を観察した。声はバツグンだが、とくに美人というわけではなかった。目尻にはしわが目立ち、法令線も出ている。おれより十五、六歳はうえではないだろうか。三十代前半の無名アイドル?
イナミはショルダーバックから、ごそごそとなにかとりだした。
「はい、わたしのCDです」
ジャケットにはメイド服を着たイナミが、両手でハートマークをつくっていた。どこかチープな感じがするのは自主製作盤だからだろう。
そんな日のおれはというと、うちの茶屋の店先に水をまき、エアコンのしたであまり暑苦しくない音楽をきいているばかり。シベリウスやグリーグやベルワルド、北欧の作曲家はなぜか耳に涼しくて良いよな。吉音には子守唄にしか聴こえてないらしくだらしない格好で寝ているけど。
あのハーモニーの透明感と流麗さ。初夏の果物を使った和菓子の甘ったるい匂いで、腹がもたれそうなときでも、胃薬みたいにすっきり効いてくれる。
そのときもおれは、ベルワルドの交響曲第三番をかけていた。「サンギュリエール」(独特な、風変わりな、非凡な)という副題がついたなかなかおもしろいシンフォニーだ。
女がうちの店にはいってきたのは、第二楽章が鳴っていた午後二時すぎだった。地味な女だったが大江戸学園の生徒で無いのはすぐにわかった。ブラックジーンズにグレイのパーカー。太い黒ぶちのメガネをかけている。きっと伊達メガネだろう。
「小鳥遊悠さんですか」
ひどくいい声。アニメの女子高生みたいな甘い感じなんだが、もっとしっとりしている。耳のなかに冷たいシロップでも流し込まれたみたい。あっけにとられてると、カジュアルな喪服のようなカッコをした女がいった。
「あの、小鳥遊悠さんを探しているんですけど。ここのお店で間違いないでしょうか」
もうすこしこの声をきいていたくて、返事をするのをやめようかと思った。
「おれがゆうだけど」
「よかった。おかしな人だったら、どうしようかと思っていました」
女はなにか気になるようで、振り向いて路上を確かめている。誰かに追われているのだろうか。
「わたしは空川否美といいます」
「ウツカワイナミ?」
おれは変な顔をしたらしい。女はあわてていった。
「もちろん本名じゃありません、芸名です。わたしはアイドル業をやっているものですから」
あらためて、女の顔を観察した。声はバツグンだが、とくに美人というわけではなかった。目尻にはしわが目立ち、法令線も出ている。おれより十五、六歳はうえではないだろうか。三十代前半の無名アイドル?
イナミはショルダーバックから、ごそごそとなにかとりだした。
「はい、わたしのCDです」
ジャケットにはメイド服を着たイナミが、両手でハートマークをつくっていた。どこかチープな感じがするのは自主製作盤だからだろう。