ー特別編ーブラックボックスの蜘蛛
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「おれはもういく」
タカシがそういうと、部屋をでていった。静かになった部屋で、オリエは呆然としていた。なにが起こったのか、当人はまるでわからないのだろう。ひと夜の冬の嵐のようなものだ。きっとこの脅迫事件についても、松本に聞かされていないのだろう。また松本の携帯が鳴った。実によく携帯電話が鳴る夜。今度はダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイのデュエットだった。
こちらもオリエの着メロに負けない名曲「ユー・アー・エブリシング」。その最初の一音で、お天気キャスターに似た清純派の顔色が変わった。送話口を押さえて、松本がぺこぺこと頭をさげている。もうすぐタクシーで帰るから。今夜は残業がたいへんなんだ。先に寝ててくれ。
それは確かにこんな残業はたいへんだろう。
おれはその夜初めて会った女にいった。
「さっきの男は確かにいかれていた。だけど、やつのいうことにも一理はあったのかもしれないな。あんたの恋人は携帯のデータを丸々盗まれても、自分の身を守る以外のことに関心は全然なかったよ」
オリエの顔色は髪のように白くなった。
「わたしのことはひと言も?」
「ああ、聞いてない。もし事前になにかしらされていたら、おれだってアンタをガードする手立てを打っておいたさ」
オリエは部屋着のまま、じっと妻に弁解する松本を見つめていた。
「おれは不倫はべつに悪くないと思うよ。でも、ほんとうにアンタのこと好きな男とつきあったほうがいいんじゃないかな。結婚していても、結婚してなくてもいいさ。じゃあ、おれはこれで失礼するわ。」
おれは彼女の頭をそっと撫でてその夜最大の修羅場を残したまま、女の部屋をあとにした。
タカシはメルセデスの外で待っていた。
「悠、おまえといるとほんとに退屈しないな。スムーズなはずの夜がほとんど徹夜だ」
おれはいった。
「あのスパイとかいうガキは?」
「さぁ、違法改造スタンガンつきで、どこか無人の交番にでも捨てておけといってある。あと弁解はやつが考えるだろう。違法なことは許せない男らしいからな。やつの携帯とパソコンは、保険でおさえてある。」
悪くない処理の仕方だった。おれはくたくたにくたびれていた。なにせ、すべて予期せぬ一夜の出来事なのだ。タカシは冷たく笑っていう。
「さあ、乗れ。夜明け前には池袋に帰れる。ほら、おまえの分だ。」
百万円の束が宙を飛んでくる。おれはそいつをつかむと、すぐにタカシのジャケットのポケットに押し込んだ。
「そっちで預かっておいてくれ。おれ、そんなに金いらないから。」
「変わったやつだ。」
おれはタカシの肩をたたいた。メルセデスのドアを開く。
「おまえにはいわれたくない」
それからおれたちはその日最初の日がさすまえに、ホームタウンにもどった。冬の夜明けのドライヴは、大気がナイフのように切れ味よくて、すごくきれい。
タカシがそういうと、部屋をでていった。静かになった部屋で、オリエは呆然としていた。なにが起こったのか、当人はまるでわからないのだろう。ひと夜の冬の嵐のようなものだ。きっとこの脅迫事件についても、松本に聞かされていないのだろう。また松本の携帯が鳴った。実によく携帯電話が鳴る夜。今度はダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイのデュエットだった。
こちらもオリエの着メロに負けない名曲「ユー・アー・エブリシング」。その最初の一音で、お天気キャスターに似た清純派の顔色が変わった。送話口を押さえて、松本がぺこぺこと頭をさげている。もうすぐタクシーで帰るから。今夜は残業がたいへんなんだ。先に寝ててくれ。
それは確かにこんな残業はたいへんだろう。
おれはその夜初めて会った女にいった。
「さっきの男は確かにいかれていた。だけど、やつのいうことにも一理はあったのかもしれないな。あんたの恋人は携帯のデータを丸々盗まれても、自分の身を守る以外のことに関心は全然なかったよ」
オリエの顔色は髪のように白くなった。
「わたしのことはひと言も?」
「ああ、聞いてない。もし事前になにかしらされていたら、おれだってアンタをガードする手立てを打っておいたさ」
オリエは部屋着のまま、じっと妻に弁解する松本を見つめていた。
「おれは不倫はべつに悪くないと思うよ。でも、ほんとうにアンタのこと好きな男とつきあったほうがいいんじゃないかな。結婚していても、結婚してなくてもいいさ。じゃあ、おれはこれで失礼するわ。」
おれは彼女の頭をそっと撫でてその夜最大の修羅場を残したまま、女の部屋をあとにした。
タカシはメルセデスの外で待っていた。
「悠、おまえといるとほんとに退屈しないな。スムーズなはずの夜がほとんど徹夜だ」
おれはいった。
「あのスパイとかいうガキは?」
「さぁ、違法改造スタンガンつきで、どこか無人の交番にでも捨てておけといってある。あと弁解はやつが考えるだろう。違法なことは許せない男らしいからな。やつの携帯とパソコンは、保険でおさえてある。」
悪くない処理の仕方だった。おれはくたくたにくたびれていた。なにせ、すべて予期せぬ一夜の出来事なのだ。タカシは冷たく笑っていう。
「さあ、乗れ。夜明け前には池袋に帰れる。ほら、おまえの分だ。」
百万円の束が宙を飛んでくる。おれはそいつをつかむと、すぐにタカシのジャケットのポケットに押し込んだ。
「そっちで預かっておいてくれ。おれ、そんなに金いらないから。」
「変わったやつだ。」
おれはタカシの肩をたたいた。メルセデスのドアを開く。
「おまえにはいわれたくない」
それからおれたちはその日最初の日がさすまえに、ホームタウンにもどった。冬の夜明けのドライヴは、大気がナイフのように切れ味よくて、すごくきれい。