ー特別編ーブラックボックスの蜘蛛
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受けわたし当日は、よく晴れた冬空だった。割れたガラスの断面のように済んだ青空。ということは夜は放射冷却で、どんどん気温はさがっていくということだった。約束の十一時の一時間前には、Sウルフ側のメンバーはすべて所定の位置で待機を開始した。
おれとタカシは前線基地になったメルセデスのなか。植え込みごしに公園の広場が丸見えだった。ベンチではカップルが肩をならべて座っている。女は当然覚悟のミニスカート。まあ、そんなものしかもってないのかもしれないが。
「あいつらこんな寒さだと厳しいな。あとでギャラはずんでやれば」
女の手が男のジーンズの太ももにおかれた。何年か前に流行(はや)ったダメージ加工のパンツの穴に女が指をいれている。
「なんだよ、あれ。ギャラなしでいいや」
タカシは鼻で笑っていった。
「配置したのは、みなほんもののカップルだ。ギャラについては、悠が考えることはない」
黙って肩をすくめた。こういうときのキングは最新型の冷蔵庫みたい。ぴたりと氷温を保って、心を揺らすことがない。そのまま三十分が過ぎた。おれの携帯が震えだした。
『今、会社をでた。これからそちらにむかう』
「了解。それじゃあ、おれもライズシティにいくよ」
最初は拾い主との交渉は松本ひとりでいいと話していたのだが、最後でやつが渋りだした。周囲をSウルフの精鋭でかこまれていても、やはりいざとなると不安らしい。おれはたったひとりのつきそい役。タカシが氷の笑いをおれに向けた。
「さっさといってこい。なんなら、悠ひとりで全部片をつけてきていいぞ。」
王の余裕を見せつけられた気がした。なんだか嫌な感じ。
「うるさい。平民をなめんなよ。」
おれは士気も高々に、高級RVをおりた。なんといっても今回は巨額の着手金をもらっているからな。すこしは雇い主にいいとこ見せなくちゃ。
ライズシティの出口で、松本と落ち合った。ロングコートをきたやつの右手には、どこかの海外ブランドのエコバック。元は数千円だが、ネットで人気が沸騰して値段が十倍に跳ね上がった帆布(はんぷ)のバックだ。なあ、エコなんて怪しげだろ。今は落としものの謝礼五百万が入っているはずだった。通し番号がばらばらの使用済みの一万円札が五百枚。おれの銀行口座にそれだけためるには、きっと人生二回分の時間は必要だろう。
「他の部隊は?」
やつが戦争映画のような台詞をはいた。おれはベンチでいちゃつくカップルを思い出した。あれは相当強力な部隊。
「みんな準備をすませてる。あとはおれたちだけだ」
おれは携帯の時計を見た。十一時まで、まだ二十分もある。おれたちはライズシティの広場で時間をつぶした。ひどく長い十分間。
「こんどからは携帯電話になにもかも詰め込むのはやめておいたほうがいいな」
松本は苦笑いしていう。
「まったく。あまりに便利だから気がつかないが、あれほど危険なことは無いな。あのあとでうちの技術部に話を聞いてみた。」
「へぇ」
「要するに、遠隔ロックなど意味が無いそうだ」
驚いた。おれも携帯をおとしても大丈夫だと思っていたのだ。今すぐに操作ができないようにロックできる。松本の声は企画会議の最中のようになめらかだった。
「問題は携帯電話のなかにあるメディアカードにある。個人情報も、撮影した写真も、アドレス帳も、無数のメールもバックアップされているそうだ。本体では消去したはずのデータもカードのなかに保存されていて、そのあたりの量販店で売っているリカバリーソフトで簡単に再現できる。どれほど秘密を守ろうとしても、データはほぼ完全に掘り起こされてしまう。」
恐ろしい話だった。二十一世紀の現在では、もうないしょの手紙は存在しないのだ。ありとあらゆる個人情報をのせた手紙は、いったん持ち主の手を離れたら、好きなように解読されてしまう。パーカのポケットにいれた携帯を握りしめ考えた。
おれたち人類はいつか、この小さな小箱を捨てる日がくるのだろうか。
おれとタカシは前線基地になったメルセデスのなか。植え込みごしに公園の広場が丸見えだった。ベンチではカップルが肩をならべて座っている。女は当然覚悟のミニスカート。まあ、そんなものしかもってないのかもしれないが。
「あいつらこんな寒さだと厳しいな。あとでギャラはずんでやれば」
女の手が男のジーンズの太ももにおかれた。何年か前に流行(はや)ったダメージ加工のパンツの穴に女が指をいれている。
「なんだよ、あれ。ギャラなしでいいや」
タカシは鼻で笑っていった。
「配置したのは、みなほんもののカップルだ。ギャラについては、悠が考えることはない」
黙って肩をすくめた。こういうときのキングは最新型の冷蔵庫みたい。ぴたりと氷温を保って、心を揺らすことがない。そのまま三十分が過ぎた。おれの携帯が震えだした。
『今、会社をでた。これからそちらにむかう』
「了解。それじゃあ、おれもライズシティにいくよ」
最初は拾い主との交渉は松本ひとりでいいと話していたのだが、最後でやつが渋りだした。周囲をSウルフの精鋭でかこまれていても、やはりいざとなると不安らしい。おれはたったひとりのつきそい役。タカシが氷の笑いをおれに向けた。
「さっさといってこい。なんなら、悠ひとりで全部片をつけてきていいぞ。」
王の余裕を見せつけられた気がした。なんだか嫌な感じ。
「うるさい。平民をなめんなよ。」
おれは士気も高々に、高級RVをおりた。なんといっても今回は巨額の着手金をもらっているからな。すこしは雇い主にいいとこ見せなくちゃ。
ライズシティの出口で、松本と落ち合った。ロングコートをきたやつの右手には、どこかの海外ブランドのエコバック。元は数千円だが、ネットで人気が沸騰して値段が十倍に跳ね上がった帆布(はんぷ)のバックだ。なあ、エコなんて怪しげだろ。今は落としものの謝礼五百万が入っているはずだった。通し番号がばらばらの使用済みの一万円札が五百枚。おれの銀行口座にそれだけためるには、きっと人生二回分の時間は必要だろう。
「他の部隊は?」
やつが戦争映画のような台詞をはいた。おれはベンチでいちゃつくカップルを思い出した。あれは相当強力な部隊。
「みんな準備をすませてる。あとはおれたちだけだ」
おれは携帯の時計を見た。十一時まで、まだ二十分もある。おれたちはライズシティの広場で時間をつぶした。ひどく長い十分間。
「こんどからは携帯電話になにもかも詰め込むのはやめておいたほうがいいな」
松本は苦笑いしていう。
「まったく。あまりに便利だから気がつかないが、あれほど危険なことは無いな。あのあとでうちの技術部に話を聞いてみた。」
「へぇ」
「要するに、遠隔ロックなど意味が無いそうだ」
驚いた。おれも携帯をおとしても大丈夫だと思っていたのだ。今すぐに操作ができないようにロックできる。松本の声は企画会議の最中のようになめらかだった。
「問題は携帯電話のなかにあるメディアカードにある。個人情報も、撮影した写真も、アドレス帳も、無数のメールもバックアップされているそうだ。本体では消去したはずのデータもカードのなかに保存されていて、そのあたりの量販店で売っているリカバリーソフトで簡単に再現できる。どれほど秘密を守ろうとしても、データはほぼ完全に掘り起こされてしまう。」
恐ろしい話だった。二十一世紀の現在では、もうないしょの手紙は存在しないのだ。ありとあらゆる個人情報をのせた手紙は、いったん持ち主の手を離れたら、好きなように解読されてしまう。パーカのポケットにいれた携帯を握りしめ考えた。
おれたち人類はいつか、この小さな小箱を捨てる日がくるのだろうか。