その後のベターデイズの騒動については、新聞の経済面を読んでる人なら、みなよくしっているだろう。

派遣違法反の業務停止は一ヶ月で、株価はそのあいだに四分の一に急落している。亀井社長は代表権をもたない会長に退き、どこかの銀行から新たに社長が迎えられたという。そうそう、取締役に大株主がひとり増えたそうだ。今では亀井萌枝はコンプライアンス担当重役である。法令尊守と正社員および非正規のフリーターの労働環境改善を見ているそうだ。片腕として、あの支店長、谷岡がそばに控えているという。


仕事のお礼だといって、恵比寿にあるお城のような三ツ星レストランでご馳走されたが、おれにはそういう高級な味はよくわからなかった。恵比寿でやるならビールとフライドチキンで十分だ。


モエは会社ではスーツ姿だが、お忍びで池袋にくるときはやはりあの黒いメイド服だ。その格好ならおれもいっしょに遊べるし、そこまで趣味ではなかったゴスロリファッションもだんだん好きになってきた。
背徳感ていうのかな？
まぁ、どういう意味かはあんたたちのご想像におまかせする。


サトシはベターデイズ池袋支店で働き始めた。今度は夢の正社員としてだ。サトシとおれとメイド服のモエは、今でもいいトリオである。ソメイヨシノが咲く広場で、モエは巨大な企業を経営する苦労話をする。サトシはきちんと残業代をもらって働き、自分の部屋をもつよろこびを語る。遠く、劇場通りのRVには池袋のガキの王がいて、また面倒なストリートの裁きをくだしている。

御影石の石畳を転げるようにかけるのは、気の早いサクラの花びらだ。おれはいろんなやつの話をききながら、黒いタイツに包まれたモエの形のいいふくらはぎを眺めている。


おれには株はない。一生金持ちにも、偉くもならないだろう。でも、それでいいと心から思えるのは、おれの仕事がほかの誰かさんでは不可能な仕事だとわかっているからだ。


あたたかな日差しの落ちる春の午後、自分をかけがえのない存在だと信じながら、メイド服のスカートのしたのフリルの襞(ひだ)を数える時間は、なかなか素敵だ。


まあ、すべてがおれのただのうぬぼれにすぎないとしてもね。


でも、そのくらいのうぬぼれでもなくちゃ、毎日きつい仕事なんてやってられないよな。







ｰ非正規ワーカーズ･完ｰ