ー特別編ー非正規ワーカーズ
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「…まあまあかな」
『なにがあったかしらないけれど、親御さんに頭をさげて、なんとか実家で暮らせるようにしたほうがいい。いいか、うちがだしている日当では、どんなに働いてもネットカフェ難民の暮らしからは脱出できないぞ。自分の部屋も借りられないし、結婚もできない。悪いことはいわないからとりあえず実家に帰りなさい。』
そうはいわれても、潜入捜査官としては尻尾を巻いて帰るわけにはいかなかった。
「アドバイス、ありがとうございます。でも、別な闘いかたがあるんじゃないですか。おれは東京フリーターズユニオンにはいりましたよ」
この情報に店長がどんな反応を示すのか。ここがポイントだった。やつはあっさりと受け流した。
『そうですか』
どうも手ごたえがなかった。おれはさらにたたみかけた。
「インフォメーション費のことも、納得いかないですから。だいたいあれはなんの費用なんですか」
深いため息をついて谷岡店長はいった。
『本部からは、安全対策の備品代とこたえるようにいわれている』
他人事の返事だった。
「でも、おれは今日の現場で、防塵マスクもゴーグルももらってないですよ。あの二百円はどこにきえたんですか」
親身に話していた店長はどこかにいってしまったようだった。話を打ち切る冷淡さがにじんだ。
『すまない、つぎのミーティングが始まりそうだ。小鳥遊くんの話しはきいたよ。いいから、ちゃんと実家に帰りなさい。』
電話はそこで切れてしまった。まあ、ユニオンとインフォメ費の話しはできたから、ベターデイズにプレッシャーはかけられたとは思う。だが、電話を終えたおれの気持ちは複雑。なんだか谷岡は憎めなかったのである。
それともそいつがやつなりのクレーマー対策だったのだろうか。まだ夜は早かったが、おれの身体は限界だった。一日に何トンも小麦粉を運べば誰だってそうなるだろう。せっかくつかい放題のパソコンがあるから、フェチなエロサイトでものぞこうかと思ったが、リクライニングチェアのうえでおれは殴り倒されるように眠り込んでしまった。
最悪だったのは、そのオリーブ色の合成皮革のリクライニングチェア。おれは初めてのネットカフェの夜、何度も目を覚ますことになった。一番きついのは脚を伸ばせないことと寝返りが打てないこと。ほんの二時間ほどで、自然に目が覚めてしまうのだ。
薄暗いナイトパックの夜、どこかのブースで男がぶつぶつと文句をいっていた。携帯ゲーム機の軽快な電子音が鳴っている。おれは谷岡の言葉を思い返していた。どんなに働いても、この暮らしからは脱出できない。生存することしかできないとしたら、その働きかたにどんな希望がもてるのだろうか。
仕事は誰も金のためにやる。だが、同時に自分でなくてはできないかけがえのなさや誇りがもてない仕事は、人をでたらめに深いところで傷つけるのだ。
何度か目覚めて、もう眠るのをあきらめた夜明け、おれが考えていたのはそんなことだった。どうしたら非正規雇用の七千百万人弱が誇りをもって、幸福に働けるか。そんなことを解決するのは、日本国の総理大臣でもないおれには、とうてい無理な話。
だけど、おれはみんながしあわせに働いている夢をみたいのだ。ネットカフェの狭くて息苦しいブースのなかでね。ジョン・レノンじゃないが、おれにだって夢くらいは見られるからな。
『なにがあったかしらないけれど、親御さんに頭をさげて、なんとか実家で暮らせるようにしたほうがいい。いいか、うちがだしている日当では、どんなに働いてもネットカフェ難民の暮らしからは脱出できないぞ。自分の部屋も借りられないし、結婚もできない。悪いことはいわないからとりあえず実家に帰りなさい。』
そうはいわれても、潜入捜査官としては尻尾を巻いて帰るわけにはいかなかった。
「アドバイス、ありがとうございます。でも、別な闘いかたがあるんじゃないですか。おれは東京フリーターズユニオンにはいりましたよ」
この情報に店長がどんな反応を示すのか。ここがポイントだった。やつはあっさりと受け流した。
『そうですか』
どうも手ごたえがなかった。おれはさらにたたみかけた。
「インフォメーション費のことも、納得いかないですから。だいたいあれはなんの費用なんですか」
深いため息をついて谷岡店長はいった。
『本部からは、安全対策の備品代とこたえるようにいわれている』
他人事の返事だった。
「でも、おれは今日の現場で、防塵マスクもゴーグルももらってないですよ。あの二百円はどこにきえたんですか」
親身に話していた店長はどこかにいってしまったようだった。話を打ち切る冷淡さがにじんだ。
『すまない、つぎのミーティングが始まりそうだ。小鳥遊くんの話しはきいたよ。いいから、ちゃんと実家に帰りなさい。』
電話はそこで切れてしまった。まあ、ユニオンとインフォメ費の話しはできたから、ベターデイズにプレッシャーはかけられたとは思う。だが、電話を終えたおれの気持ちは複雑。なんだか谷岡は憎めなかったのである。
それともそいつがやつなりのクレーマー対策だったのだろうか。まだ夜は早かったが、おれの身体は限界だった。一日に何トンも小麦粉を運べば誰だってそうなるだろう。せっかくつかい放題のパソコンがあるから、フェチなエロサイトでものぞこうかと思ったが、リクライニングチェアのうえでおれは殴り倒されるように眠り込んでしまった。
最悪だったのは、そのオリーブ色の合成皮革のリクライニングチェア。おれは初めてのネットカフェの夜、何度も目を覚ますことになった。一番きついのは脚を伸ばせないことと寝返りが打てないこと。ほんの二時間ほどで、自然に目が覚めてしまうのだ。
薄暗いナイトパックの夜、どこかのブースで男がぶつぶつと文句をいっていた。携帯ゲーム機の軽快な電子音が鳴っている。おれは谷岡の言葉を思い返していた。どんなに働いても、この暮らしからは脱出できない。生存することしかできないとしたら、その働きかたにどんな希望がもてるのだろうか。
仕事は誰も金のためにやる。だが、同時に自分でなくてはできないかけがえのなさや誇りがもてない仕事は、人をでたらめに深いところで傷つけるのだ。
何度か目覚めて、もう眠るのをあきらめた夜明け、おれが考えていたのはそんなことだった。どうしたら非正規雇用の七千百万人弱が誇りをもって、幸福に働けるか。そんなことを解決するのは、日本国の総理大臣でもないおれには、とうてい無理な話。
だけど、おれはみんながしあわせに働いている夢をみたいのだ。ネットカフェの狭くて息苦しいブースのなかでね。ジョン・レノンじゃないが、おれにだって夢くらいは見られるからな。