ー特別編ー非正規ワーカーズ
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「ぼくの家庭は複雑で、実家にはいられなかった。うちの話しはしたくないよ。気分が悪くなるから。高校を中退してるから、就職にも不利だったし、専門的な技能はなにももっていなかった。地方から出てきたから、地元の友人を頼ることもできないし、この不景気でとても正社員の仕事はみつからなかった。気がついたら、日雇い派遣の仕事をして、ネットカフェで寝泊まりするようになっていたんだ。こんなのは自分だけだと思ったけど、東京のターミナル駅は池袋だけでなく、どこもすごい数の難民がいるよ。ただ身なりとかが変わらないから、みんな気づかないだけなんだ」
おれは目の前にいる難民になんの手助けもできなかった。おれ自身が格差の底辺のほうで、なんとか日々をやり過ごしているだけなのだ。
茶屋の店番のおれの年収が四桁になることなど、二百年働いてもないだろう。勝ち負けでいえば、おれだって明白な負け犬である。
だが、それがどうしたというんだ。おれたちはただ勝つために生きているんじゃない。そんなちいさな勝負を張るために生まれたわけじゃないのだ。
抑えきれずに、サトシにいった。
「なあ、おまえになにかしてやれることはないかな」
サトシは伏せていた目をあげた。黒々とした絶望が揺れている。
「ぼくひとりになにかしても無駄だよ。ぼくみたいな生き方しかえらべなかった何千人か何万人の人のために、みんながなにをできるか。悠さんは文章を書く人なんでしょう。それを考えてみてよ。ぼくは自分のことは、自分でなんとかするから」
力のある言葉だった。おれは心を魂を震わせたまま、サトシの部屋をでた。ここには半年しか住むことはできないらしい。それまでに新しい住まいと仕事を見つけなければならないのだ。壊れたひざを抱えたまま、全財産ほんの数万円で、東京には頼る人間もなく。それでもサトシは自分には手を貸さなくてもいいという。
勇気という言葉が、本当はどんな意味か、おれはそのときサトシに教えられたのだった。自分が最悪に苦しいときに伸ばされた助けの手を、別のもっと苦しい人間にまわしてやれる。
それが勝ち負けを超えた人間の尊厳というやつだ。
やせっぽっちで、ひと晩千円のネットカフェに泊まるこのガキが、おれのランキングでは最高に立派な人間のひとりなのだった。
JEEPのシートに座り、携帯電話を開いた。相手は池袋の王様、キング・タカシだ。とりつぎから代わったのを確認すると、できるだけ明るい声をだした。
「やあ、おれのバリアーは元気かな。」
さすがのタカシでも一瞬返事に困ったようだった。
『とうとういかれたのか、悠。ちいさな脳でむずかしい事件を考えすぎたんだな。』
ワトソン役にこんな冷たい言葉を投げられる名探偵がいるだろうか。この街のバリアーは悲しい。
おれは目の前にいる難民になんの手助けもできなかった。おれ自身が格差の底辺のほうで、なんとか日々をやり過ごしているだけなのだ。
茶屋の店番のおれの年収が四桁になることなど、二百年働いてもないだろう。勝ち負けでいえば、おれだって明白な負け犬である。
だが、それがどうしたというんだ。おれたちはただ勝つために生きているんじゃない。そんなちいさな勝負を張るために生まれたわけじゃないのだ。
抑えきれずに、サトシにいった。
「なあ、おまえになにかしてやれることはないかな」
サトシは伏せていた目をあげた。黒々とした絶望が揺れている。
「ぼくひとりになにかしても無駄だよ。ぼくみたいな生き方しかえらべなかった何千人か何万人の人のために、みんながなにをできるか。悠さんは文章を書く人なんでしょう。それを考えてみてよ。ぼくは自分のことは、自分でなんとかするから」
力のある言葉だった。おれは心を魂を震わせたまま、サトシの部屋をでた。ここには半年しか住むことはできないらしい。それまでに新しい住まいと仕事を見つけなければならないのだ。壊れたひざを抱えたまま、全財産ほんの数万円で、東京には頼る人間もなく。それでもサトシは自分には手を貸さなくてもいいという。
勇気という言葉が、本当はどんな意味か、おれはそのときサトシに教えられたのだった。自分が最悪に苦しいときに伸ばされた助けの手を、別のもっと苦しい人間にまわしてやれる。
それが勝ち負けを超えた人間の尊厳というやつだ。
やせっぽっちで、ひと晩千円のネットカフェに泊まるこのガキが、おれのランキングでは最高に立派な人間のひとりなのだった。
JEEPのシートに座り、携帯電話を開いた。相手は池袋の王様、キング・タカシだ。とりつぎから代わったのを確認すると、できるだけ明るい声をだした。
「やあ、おれのバリアーは元気かな。」
さすがのタカシでも一瞬返事に困ったようだった。
『とうとういかれたのか、悠。ちいさな脳でむずかしい事件を考えすぎたんだな。』
ワトソン役にこんな冷たい言葉を投げられる名探偵がいるだろうか。この街のバリアーは悲しい。