ー特別編ー非正規ワーカーズ
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「なあ、ひとつ質問してもいいかな。さっきの話なんだけど、日雇い派遣で働いて、ほんとうにサトシのいうとおりちゃんと部屋を借りて、どこかの会社に就職できるのかな」
モエはちらりと横目でおれを見た。
「ものすごく丈夫で、体力があって、運のいい人なら可能かもしれない。でも、ほとんどのフリーターの人にはむずかしいんじゃないかな。仕事は毎日あるわけじゃないし、月の収入はせいぜい十五万円くらい。一度あの貧しさの罠にはまると、そこからにげるのはひどくむずかしいの。これから悠さんもそれに気がつくと思う。でも、それはまた今度ね。」
帰りのクルマのなかでは、おれも組合代表も言葉少なだった。サトシが最後に叫んだ言葉がおれのなかで消えずに残っていた。
自分の力でいきること。そいつは確かに、いつの時代だって理想かもしれない。
だが、おれたちが相手にしている新しい形の貧しさのまえでは、個人の力なんてまったく無力かもしれなかった。誰だって、巨大な津波とは闘えないのだ。
明日が今日よりも貧しくなる。子どもが親より乏しい選択しか与えられない。
サトシのようにまじめに働く若いやつが、じりじりと格差のどん底に滑り落ちていく。それはこの六十年間で、おれたちに初めて起きてる事態だった。口数だって、少なくなるはずである。
次の日、おれはロサ会館の裏にあるコインロッカーから、サトシの思いでの品を回収した。高校生が部活で使うようなバカでかいダッフルバックがふたつ。かなりの重さだ。
その場所に立つと、おれは見慣れた池袋の街がまるで変わってしまったことに気づいた。 なんだか副都心の片隅に、極小のスラム街ができあがっているようなのだ。
ぐるりと四方を見渡す。目にはいるのは、ネットカフェ「タートルズ」の看板、コインロッカー、コインシャワー、そしてコインランドリーだ。どれも数枚のコインを稼ぐ無人の施設だった。これのあとは登録制の日雇い派遣から流れるメールがあれば、無限に住所不定の生活が続いていくのだろう。
そのときおれは信じられないものを見た。コインロッカーのまえで、若い女が着替え始めたのだ。周囲の視線を気にしているふうではなかった。スカートをはいたままロッカーからだしたジーンズに脚をとおし、ダウンジャケットを羽織って身体を隠して、トレーナーをセーターに着替えた。
彼女のロッカーのなかは、サトシと同じように私物でいっぱいだった。手早く着替えを終了すると、フリーターらしい若い女はコインロッカーに鍵をかけて、ごろごろとトロリーケースを引きずって、池袋の街に消えた。
誰も目をとめない街のすきまで、あんなふうに生きている人間がいる。いっておくけど、やつらの給料は業者に四割も天引きされている。フリーターは怠け者だという政治家に、このコインロッカーの風景を見せてやりたかった。
モエはちらりと横目でおれを見た。
「ものすごく丈夫で、体力があって、運のいい人なら可能かもしれない。でも、ほとんどのフリーターの人にはむずかしいんじゃないかな。仕事は毎日あるわけじゃないし、月の収入はせいぜい十五万円くらい。一度あの貧しさの罠にはまると、そこからにげるのはひどくむずかしいの。これから悠さんもそれに気がつくと思う。でも、それはまた今度ね。」
帰りのクルマのなかでは、おれも組合代表も言葉少なだった。サトシが最後に叫んだ言葉がおれのなかで消えずに残っていた。
自分の力でいきること。そいつは確かに、いつの時代だって理想かもしれない。
だが、おれたちが相手にしている新しい形の貧しさのまえでは、個人の力なんてまったく無力かもしれなかった。誰だって、巨大な津波とは闘えないのだ。
明日が今日よりも貧しくなる。子どもが親より乏しい選択しか与えられない。
サトシのようにまじめに働く若いやつが、じりじりと格差のどん底に滑り落ちていく。それはこの六十年間で、おれたちに初めて起きてる事態だった。口数だって、少なくなるはずである。
次の日、おれはロサ会館の裏にあるコインロッカーから、サトシの思いでの品を回収した。高校生が部活で使うようなバカでかいダッフルバックがふたつ。かなりの重さだ。
その場所に立つと、おれは見慣れた池袋の街がまるで変わってしまったことに気づいた。 なんだか副都心の片隅に、極小のスラム街ができあがっているようなのだ。
ぐるりと四方を見渡す。目にはいるのは、ネットカフェ「タートルズ」の看板、コインロッカー、コインシャワー、そしてコインランドリーだ。どれも数枚のコインを稼ぐ無人の施設だった。これのあとは登録制の日雇い派遣から流れるメールがあれば、無限に住所不定の生活が続いていくのだろう。
そのときおれは信じられないものを見た。コインロッカーのまえで、若い女が着替え始めたのだ。周囲の視線を気にしているふうではなかった。スカートをはいたままロッカーからだしたジーンズに脚をとおし、ダウンジャケットを羽織って身体を隠して、トレーナーをセーターに着替えた。
彼女のロッカーのなかは、サトシと同じように私物でいっぱいだった。手早く着替えを終了すると、フリーターらしい若い女はコインロッカーに鍵をかけて、ごろごろとトロリーケースを引きずって、池袋の街に消えた。
誰も目をとめない街のすきまで、あんなふうに生きている人間がいる。いっておくけど、やつらの給料は業者に四割も天引きされている。フリーターは怠け者だという政治家に、このコインロッカーの風景を見せてやりたかった。