ー特別編ー非正規ワーカーズ
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つぎの日、おれは「ストリートビート」のコラム一回分を、 締切よりもだいぶまえにしあげることができた。いいテーマがあれば、書くことは苦にならない。
それも今回のように怒りに燃えているとなおさらだ。
サトシからは二日ほどなんの連絡もなかった。
その間は新宿で退屈な店番が続いた。
おれは店先でぼんやりと考えていた。おれの年収は二百万円台だ。サトシとあまり変わらないだろう。
だが、サトシは池袋で難民生活をしているし、おれはなんとか自分の部屋をもっている。違いは東京に家があるかどうかだけだった。生まれる場所が違っていれば、おれだってサトシのように背骨を曲げられ、医者にもいけずにこの街をうろついていたかもしれない。
おれの結論はこうだ。
転落の可能性は誰にでもある。おれたちの世界は完全にふたつに分かれたのだ。安全ネットのある人間とない人間。
落ちていく人間は、自分でなんとか身を守るしかなくなったのだ。誰も助けてくれるやつなんていないのだから。
なんて、ロマンチックで夢のある世のなか。
数日して、サトシに電話をいれた。返事はあの聞き慣れたメッセージ。
その携帯電話は、現在電波が届かないか、電源が切られているというもの。留守電のメッセージさえ、やつには送れなかった。
編集部でもおれのコラムは好評だったらしく、ネタ提供のお礼と、つぎの取材の打ち合わせがしたかったのだが、まったくの空振りだった。
気になって一日中、リッカの店の前の歩道を見ていたが、やつの姿さえ見かけなかった。あのまま消えてしまったのだろうか。あるいはどこか地方にでも、住み込みで働けるいい職場をみつけたのかもしれない。
おれはよく晴れた池袋の冬空を眺めて考えた。やつはちゃんと脚を伸ばして、寝ているだろうか。
切ない夢はかなったのか。
しかし、その後の展開はまるで予想のつかないものだった。なぜか別のラインからサトシの事件が伝えられたのだ。そいつは池袋のホットライン。
キングからのありがたい直接のお達しである。
もう寝ようかと、おれは横になっていた。
サトシにあってから、おれの生活のBGMはずっとショスタコービッチ。なにせ多産な作曲家には、生涯で十五曲もシンフォニーがある。
十二番「1947年」のアダージョを聞いていると、携帯電話が鳴った。液晶の小窓にはタカシの名前。
「おれはもう寝るから、話なら簡単にしてくれ」
やつの声は全地球的な温暖化を見事に免れている。いつだってアイスクール。
『俺がだらだらと無駄な口をきいたことがあったか』
長いつきあいだが、どう考えても一度もなかった。
「わかってるよ。お前は省略と簡潔の王様だ。」
タカシはあっさりとおれの冗談を無視した。
原稿なんか書いてるせいで、おれの言葉は少々むずかしすぎるのかもしれない。
それも今回のように怒りに燃えているとなおさらだ。
サトシからは二日ほどなんの連絡もなかった。
その間は新宿で退屈な店番が続いた。
おれは店先でぼんやりと考えていた。おれの年収は二百万円台だ。サトシとあまり変わらないだろう。
だが、サトシは池袋で難民生活をしているし、おれはなんとか自分の部屋をもっている。違いは東京に家があるかどうかだけだった。生まれる場所が違っていれば、おれだってサトシのように背骨を曲げられ、医者にもいけずにこの街をうろついていたかもしれない。
おれの結論はこうだ。
転落の可能性は誰にでもある。おれたちの世界は完全にふたつに分かれたのだ。安全ネットのある人間とない人間。
落ちていく人間は、自分でなんとか身を守るしかなくなったのだ。誰も助けてくれるやつなんていないのだから。
なんて、ロマンチックで夢のある世のなか。
数日して、サトシに電話をいれた。返事はあの聞き慣れたメッセージ。
その携帯電話は、現在電波が届かないか、電源が切られているというもの。留守電のメッセージさえ、やつには送れなかった。
編集部でもおれのコラムは好評だったらしく、ネタ提供のお礼と、つぎの取材の打ち合わせがしたかったのだが、まったくの空振りだった。
気になって一日中、リッカの店の前の歩道を見ていたが、やつの姿さえ見かけなかった。あのまま消えてしまったのだろうか。あるいはどこか地方にでも、住み込みで働けるいい職場をみつけたのかもしれない。
おれはよく晴れた池袋の冬空を眺めて考えた。やつはちゃんと脚を伸ばして、寝ているだろうか。
切ない夢はかなったのか。
しかし、その後の展開はまるで予想のつかないものだった。なぜか別のラインからサトシの事件が伝えられたのだ。そいつは池袋のホットライン。
キングからのありがたい直接のお達しである。
もう寝ようかと、おれは横になっていた。
サトシにあってから、おれの生活のBGMはずっとショスタコービッチ。なにせ多産な作曲家には、生涯で十五曲もシンフォニーがある。
十二番「1947年」のアダージョを聞いていると、携帯電話が鳴った。液晶の小窓にはタカシの名前。
「おれはもう寝るから、話なら簡単にしてくれ」
やつの声は全地球的な温暖化を見事に免れている。いつだってアイスクール。
『俺がだらだらと無駄な口をきいたことがあったか』
長いつきあいだが、どう考えても一度もなかった。
「わかってるよ。お前は省略と簡潔の王様だ。」
タカシはあっさりとおれの冗談を無視した。
原稿なんか書いてるせいで、おれの言葉は少々むずかしすぎるのかもしれない。