ー特別編ー非正規ワーカーズ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
おれは家にもどることにした。自分の頭で考えてみたいことが、むやみにあったからだ。
サトシはコーヒーの礼をていねいにいって頭をさげると、池袋の駅まえに消えた。児童遊園や広場なんかでじっと座っていると、住民に通報されることもあるし、警官から職務質問を受けることもある。
ほんとうなら腰も足も痛むので、あたたかい場所で休んでいたいのだが、駅の周辺をぐるりと歩きまわっているのだという。
それで、リッカの店の前を九十分おきにとおっていたらしい。
ナイトパックが始まる夜十時まで、そうしてなんとか時間を潰すのだ。
想像もできない生活。
いっとくけど、こいつは中国南西部やフィリピンのスラムの話じゃない。
今目の前にある透明な貧しさの物語。
その夜、おれは広間のCDコンポにショスタコービッチをのせた。
優雅でうつくしいだけの音楽をきく気には、とてもなれなかったのである。
交響曲七番「レニングラード」は独ソ戦を描いた一大絵巻。
だが、こいつはどうきいても、独裁者に監視されながらのパレード用音楽にしかきこえない。笑いながら勇敢な振りをしなければ、うしろから谷底に突き落とされる。
そんな怖い音楽なのだ。
だが、そのスターリン体制下の市民の姿は、そのままサトシのような非正規のワンコールワーカーに重ならないだろうか。事態はもっと悲惨かもしれない。
すくなくともソビエトの作曲家には敵がわかっていた。サトシには敵などいない。すべてがただの自己責任なのだ。
時間変更せんがすぎたころ、おれはコンポを止めて、自分の部屋にあがった。
出入り口を開けて、ふと思った。ふた部屋をひとつに繋げたおれだけの(押し入れにはカゲコがいるけど)個室、脚を伸ばして眠れるベッドもある。
おれのうしろを通りすぎる風呂あがりの真桜に声をかけた。
こんな時間まで起きてるのはかなり珍しい。
「こうして脚を伸ばして寝れてさ。こんな街でも自分の家があるっていうのは、ありがたいもんだよな。」
真桜は髪をバスタオルではさむようにふきながらいった。
「そんなあたりまえのこともわからなくなったのかなの。悠、おまえ、頭どうかしてんじゃないのかなの」
くやしいが、今回はまったく真桜のいうとおり。
おれはサトシがすこしでもましなネカフェに泊まれるように祈りながら、眠りについた。
頭のなかではショスタコービッチの七番第一楽章の戦争のテーマが鳴り続けている。あの小太鼓のマーチは、ほんとにしつこいからな。
サトシはコーヒーの礼をていねいにいって頭をさげると、池袋の駅まえに消えた。児童遊園や広場なんかでじっと座っていると、住民に通報されることもあるし、警官から職務質問を受けることもある。
ほんとうなら腰も足も痛むので、あたたかい場所で休んでいたいのだが、駅の周辺をぐるりと歩きまわっているのだという。
それで、リッカの店の前を九十分おきにとおっていたらしい。
ナイトパックが始まる夜十時まで、そうしてなんとか時間を潰すのだ。
想像もできない生活。
いっとくけど、こいつは中国南西部やフィリピンのスラムの話じゃない。
今目の前にある透明な貧しさの物語。
その夜、おれは広間のCDコンポにショスタコービッチをのせた。
優雅でうつくしいだけの音楽をきく気には、とてもなれなかったのである。
交響曲七番「レニングラード」は独ソ戦を描いた一大絵巻。
だが、こいつはどうきいても、独裁者に監視されながらのパレード用音楽にしかきこえない。笑いながら勇敢な振りをしなければ、うしろから谷底に突き落とされる。
そんな怖い音楽なのだ。
だが、そのスターリン体制下の市民の姿は、そのままサトシのような非正規のワンコールワーカーに重ならないだろうか。事態はもっと悲惨かもしれない。
すくなくともソビエトの作曲家には敵がわかっていた。サトシには敵などいない。すべてがただの自己責任なのだ。
時間変更せんがすぎたころ、おれはコンポを止めて、自分の部屋にあがった。
出入り口を開けて、ふと思った。ふた部屋をひとつに繋げたおれだけの(押し入れにはカゲコがいるけど)個室、脚を伸ばして眠れるベッドもある。
おれのうしろを通りすぎる風呂あがりの真桜に声をかけた。
こんな時間まで起きてるのはかなり珍しい。
「こうして脚を伸ばして寝れてさ。こんな街でも自分の家があるっていうのは、ありがたいもんだよな。」
真桜は髪をバスタオルではさむようにふきながらいった。
「そんなあたりまえのこともわからなくなったのかなの。悠、おまえ、頭どうかしてんじゃないのかなの」
くやしいが、今回はまったく真桜のいうとおり。
おれはサトシがすこしでもましなネカフェに泊まれるように祈りながら、眠りについた。
頭のなかではショスタコービッチの七番第一楽章の戦争のテーマが鳴り続けている。あの小太鼓のマーチは、ほんとにしつこいからな。