ー特別編ー命ヲ啜ル玩具
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
工場に殺されたという意味が、ようやくおれにものみこめてきた。
五週間休みなく走った金が入らなくなるなら、おれだってしんどくても仕事にでるだろう。
だが、小栄の心臓はすでに限界だったのだ。
コモモは涙を落とさないように、目に力をいれて耐えていた。
「姉が死んだのは、次の日の夜明けでした。微笑んだままのニッキー・Zの顔をばらまいて倒れ、その場で死んだのです。心臓麻痺などというやさしい病院ではありませんでした。医者からは心臓の筋肉が縦に裂けているとききました。姉の心臓は破裂したのです」
コモモはもうこらえきれなくなったようだった。
鮮やかなパステルグリーンのコートの胸をたたいて叫んだ。
「小栄は、胸が割れるまで走らされ、壊れた機械のように死んだ。姉の給料の半分は、うちの家族への仕送りです。わたしがかよっていた日本語学校の授業料もだしてくれました。小桃は頭がいいから、しっかり勉強して外国の企業にはいったほうがいい。間違ってもこんな工場で働いてはいけない。お金はいつか倍にして、わたしに返してね。姉は笑ってそういったのです。わたしは……」
コモモはポケットからハンカチをだし、しっかりと涙をふいた。
深呼吸をして息を整える。
「……正義を求めたい。この世界のどこかに正義があると信じたい。姉のための復讐ではなく、納得のいく結果がほしいのです。中国ではそれが難しかったので、工場の発注元であるキッズファームに事情を訴えるため、こうして日本に来ました。わたしの渡航費用は、姉への見舞金と同僚の労働者からの寄付でまかなったものです」
おれはもう返す言葉がなかった。
正義なんて言葉を生まれてから一度も使ったことはない。
コモモの口から聞くと、それはひどく新鮮な言葉だった。見知らぬ国にひとりでやってきて、正義を求めるという女。
中国の南のどこかなら、当たり前の話なのかもしれないが、この女の勇気に動かされない日本の男はいないだろう。
お人好しでも構わない。
中国共産党にできないことを、おれがやってやるのだ。
底辺の労働者よ、国境を越えて連帯せよ。
コモモは涙のひいた目で、すっきりとおれを見た。
「悠さん、わたしの文章におかしなところはありませんか」
おれはチラシを折りたたんで、軍パンの尻ポケットに押し込んだ。
「あとでしっかり読んでおく。アンタの正義が、この街でみつかるといいな」
コモモは勢いよくうなずいた。おれたちは冷めたコーヒーをのんで、店を出た。
さっきまではゆるゆるだった春の身体は、新たなテーマを発見して深いところから引き締まるようだ。
池袋の通りを抜ける南風は生ぬるい。
おれとコモモは嵐のような春風に逆らって、まえのめりでのどかな街をすすんでいった。
五週間休みなく走った金が入らなくなるなら、おれだってしんどくても仕事にでるだろう。
だが、小栄の心臓はすでに限界だったのだ。
コモモは涙を落とさないように、目に力をいれて耐えていた。
「姉が死んだのは、次の日の夜明けでした。微笑んだままのニッキー・Zの顔をばらまいて倒れ、その場で死んだのです。心臓麻痺などというやさしい病院ではありませんでした。医者からは心臓の筋肉が縦に裂けているとききました。姉の心臓は破裂したのです」
コモモはもうこらえきれなくなったようだった。
鮮やかなパステルグリーンのコートの胸をたたいて叫んだ。
「小栄は、胸が割れるまで走らされ、壊れた機械のように死んだ。姉の給料の半分は、うちの家族への仕送りです。わたしがかよっていた日本語学校の授業料もだしてくれました。小桃は頭がいいから、しっかり勉強して外国の企業にはいったほうがいい。間違ってもこんな工場で働いてはいけない。お金はいつか倍にして、わたしに返してね。姉は笑ってそういったのです。わたしは……」
コモモはポケットからハンカチをだし、しっかりと涙をふいた。
深呼吸をして息を整える。
「……正義を求めたい。この世界のどこかに正義があると信じたい。姉のための復讐ではなく、納得のいく結果がほしいのです。中国ではそれが難しかったので、工場の発注元であるキッズファームに事情を訴えるため、こうして日本に来ました。わたしの渡航費用は、姉への見舞金と同僚の労働者からの寄付でまかなったものです」
おれはもう返す言葉がなかった。
正義なんて言葉を生まれてから一度も使ったことはない。
コモモの口から聞くと、それはひどく新鮮な言葉だった。見知らぬ国にひとりでやってきて、正義を求めるという女。
中国の南のどこかなら、当たり前の話なのかもしれないが、この女の勇気に動かされない日本の男はいないだろう。
お人好しでも構わない。
中国共産党にできないことを、おれがやってやるのだ。
底辺の労働者よ、国境を越えて連帯せよ。
コモモは涙のひいた目で、すっきりとおれを見た。
「悠さん、わたしの文章におかしなところはありませんか」
おれはチラシを折りたたんで、軍パンの尻ポケットに押し込んだ。
「あとでしっかり読んでおく。アンタの正義が、この街でみつかるといいな」
コモモは勢いよくうなずいた。おれたちは冷めたコーヒーをのんで、店を出た。
さっきまではゆるゆるだった春の身体は、新たなテーマを発見して深いところから引き締まるようだ。
池袋の通りを抜ける南風は生ぬるい。
おれとコモモは嵐のような春風に逆らって、まえのめりでのどかな街をすすんでいった。