ー特別編ー命ヲ啜ル玩具
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コモモは涙を落とさないようにコーヒーチェーンの天井を見ていた。
細い指先で目の端を押さえる。
「姉はやせていたし、中学で陸上部にいたので、最悪の仕事を任されてしまった。走り屋です。」
またも意味不明な言葉。
飛脚や伝令みたいな仕事なのだろうか。
おれはバカみたいに繰り返す。
「走り屋?」
「はい。ニッキー・Zの頭部は彩飾がすむと、箱に詰め込まれていきます。五十個いりの箱を二つ重ねて百個。走り屋はそのプラスチックケースをもって、つぎの行程のあるテーブルまで、広い工場のなかを走り回るのです。就業中は休むことなく」
「一日十四時もか。遅番なら徹夜で走るのか」
コモモはあっさりとうなずいた。
「そうです」
そんな話は馬鹿げていた。日本の工場や倉庫なら、どこにでもある簡単な設備をつかえばいいのだ。
機械は疲れを知らない。
「ベルトコンベアとか、ないのか」
「ありません。中国では設備より、人件費の方が安いのです。内陸部から新しい働き手がどんどん都市に流れ込んでくる。買い手市場です。」
おれは窓の外の通りを見下ろした。
春のあたたかな日差しのなか、むかいねビルの窓には中文網巴と手書きのポスターが張られていた。
最近池袋でも増えてきた中国語のインターネットカフェだ。
うえに上がる階段の前では、ちいさなテーブルをだして、なにをしているのかわからない中国人の男が座っていた。
表情の消された顔。
「アンタの姉さんが死んだときの状況を詳しく話してほしい」
コモモは険しい顔でうなずいた。
「去年の七月の終わりのことでした。明け方に、走り屋の仕事をしていた姉は、軽い心臓発作で倒れました。夏風邪を引いて、数日前から体調を崩していたそうです。そのときはなんとか作業を続けることができたのですが、次の日が問題でした」
手をあげて、コモモをとめた。だっておかしな話だ。目まいや頭痛ならともかき、相手は心臓である。
「ちょっと待った。心臓発作を起こして、青い顔でぶっ倒れたら、病院にいくのが普通だし、つぎの日は休みにするだろう。命には代えられないんだ。仕事を止めるって手もある」
コモモは鋭い視線で俺をにらんだ。
自分達のことなど、決して日本人にはわからないという距離感を思わせる視線だ。海峡をへだてた目。
「工場はすべてが、資本家と党が有利なように運営されているんです。休むというなら、たとえそれが病気でも、三日分の給料を罰として差し引かれます」
おれはなにもいえずうなった。
コモモは淡々と続ける。
「途中で辞めると、また罰金があります。辞めさせないように、給料だってすぐには払わないのです。姉は五週間分の給料が未払いで、辞めたら一元ももらえなくなると恐れていました。」
細い指先で目の端を押さえる。
「姉はやせていたし、中学で陸上部にいたので、最悪の仕事を任されてしまった。走り屋です。」
またも意味不明な言葉。
飛脚や伝令みたいな仕事なのだろうか。
おれはバカみたいに繰り返す。
「走り屋?」
「はい。ニッキー・Zの頭部は彩飾がすむと、箱に詰め込まれていきます。五十個いりの箱を二つ重ねて百個。走り屋はそのプラスチックケースをもって、つぎの行程のあるテーブルまで、広い工場のなかを走り回るのです。就業中は休むことなく」
「一日十四時もか。遅番なら徹夜で走るのか」
コモモはあっさりとうなずいた。
「そうです」
そんな話は馬鹿げていた。日本の工場や倉庫なら、どこにでもある簡単な設備をつかえばいいのだ。
機械は疲れを知らない。
「ベルトコンベアとか、ないのか」
「ありません。中国では設備より、人件費の方が安いのです。内陸部から新しい働き手がどんどん都市に流れ込んでくる。買い手市場です。」
おれは窓の外の通りを見下ろした。
春のあたたかな日差しのなか、むかいねビルの窓には中文網巴と手書きのポスターが張られていた。
最近池袋でも増えてきた中国語のインターネットカフェだ。
うえに上がる階段の前では、ちいさなテーブルをだして、なにをしているのかわからない中国人の男が座っていた。
表情の消された顔。
「アンタの姉さんが死んだときの状況を詳しく話してほしい」
コモモは険しい顔でうなずいた。
「去年の七月の終わりのことでした。明け方に、走り屋の仕事をしていた姉は、軽い心臓発作で倒れました。夏風邪を引いて、数日前から体調を崩していたそうです。そのときはなんとか作業を続けることができたのですが、次の日が問題でした」
手をあげて、コモモをとめた。だっておかしな話だ。目まいや頭痛ならともかき、相手は心臓である。
「ちょっと待った。心臓発作を起こして、青い顔でぶっ倒れたら、病院にいくのが普通だし、つぎの日は休みにするだろう。命には代えられないんだ。仕事を止めるって手もある」
コモモは鋭い視線で俺をにらんだ。
自分達のことなど、決して日本人にはわからないという距離感を思わせる視線だ。海峡をへだてた目。
「工場はすべてが、資本家と党が有利なように運営されているんです。休むというなら、たとえそれが病気でも、三日分の給料を罰として差し引かれます」
おれはなにもいえずうなった。
コモモは淡々と続ける。
「途中で辞めると、また罰金があります。辞めさせないように、給料だってすぐには払わないのです。姉は五週間分の給料が未払いで、辞めたら一元ももらえなくなると恐れていました。」