ー特別編ー命ヲ啜ル玩具
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「うまく採用されれば、そこから地獄の日々が始まります」
おれの空想は一瞬で暗転した。
地獄の工場労働?
「だけど、中国は共産主義で、労働者みんなの国じゃなかったのか」
「そんなことは、わたしが生まれる遥か昔の話です。見てください」
コモモはすりきれた布製の財布から写真を一枚抜いて、テーブルにおいた。
うえにはうえがいるものだ。
写真のなかの女は目の前にいるコモモより、ずっと美人だったのだから。
コモモはわかっているという顔をした。
「姉の紅小栄です。河南省にあるわたしたちの村では美人で有名でした。ちいさなころから姉とくらべられるのが、わたしは嫌いでした。」
おれは傷ついた女心を無視して、話をすすめた。
「ふーん、それで美人の姉さんはなにしてるんだ」
コモモは写真から目をあげた。
つよい光をたたえた闘いの目になっている。
「殺されました。深セン市にある高興有限公司で、走りながら死んだのです」
工場で走りながら死ぬ。
またもおれの想像を超えた台詞だった。
おれは口を開けたまま、凄腕キャッチを見つめた。
コモモは一気にまくしたてた。
テーブルのうえの手は、関節が白くなるほどの力で握りしめられている。
「工場は日本のキッズファームの下請けです。世界中で売れているニッキー・Z人形の半分は、あそこでつくられてものです。体育館みたいに広い建物のなかには、冷房も暖房もありません。机が一直線に百メートルも並んで、そこに二百人の労働者が張りつき、細かな筆で人形に色をつけていきます。シフトは十四時間と十時間のふたつ。五月から十月までは二十四時間操業なのです。寝泊まりは工場敷地のなかにある寮でします。おおきな倉庫のなかに軍用のベッドがぎっしりと詰め込まれて、プライバシーはありません。姉の手紙ではみんなゴミ袋を天井からつるしてカーテン代わりにしていたそうです」
軍用ベッドで眠る二千人の女たちを考えた。
野戦病院のような眺めだったことだろう。
十四時間働いたあとでは、遊びにいく余裕などない。
「給料はどれくらいなんだ」
「日本円だと週に八百円から千円くらい。労働者には資本主義より厳しい共産主義の国なのです。福利厚生も、健康保険も、残業手当もありません」
おれの声は悲鳴のようになった。
「それで、もうかった金はどこにいくんだ」
「株主です。深センに昔から住んでいて、工場の敷地の持ち主だった人たちと党の役人が株主になって、利益はほとんどその人たちの配当になるそうです。」
救われない話になってきた。それでは一国二制度とか現代化とかいっても、実態はアフリカや中南米のぼったくり資本主義とまるでかわらない。
資本の原始的蓄積段階だ。
おれの声は低くなった。
「あんたの姉さんは、どうして死んだんだ」
おれの空想は一瞬で暗転した。
地獄の工場労働?
「だけど、中国は共産主義で、労働者みんなの国じゃなかったのか」
「そんなことは、わたしが生まれる遥か昔の話です。見てください」
コモモはすりきれた布製の財布から写真を一枚抜いて、テーブルにおいた。
うえにはうえがいるものだ。
写真のなかの女は目の前にいるコモモより、ずっと美人だったのだから。
コモモはわかっているという顔をした。
「姉の紅小栄です。河南省にあるわたしたちの村では美人で有名でした。ちいさなころから姉とくらべられるのが、わたしは嫌いでした。」
おれは傷ついた女心を無視して、話をすすめた。
「ふーん、それで美人の姉さんはなにしてるんだ」
コモモは写真から目をあげた。
つよい光をたたえた闘いの目になっている。
「殺されました。深セン市にある高興有限公司で、走りながら死んだのです」
工場で走りながら死ぬ。
またもおれの想像を超えた台詞だった。
おれは口を開けたまま、凄腕キャッチを見つめた。
コモモは一気にまくしたてた。
テーブルのうえの手は、関節が白くなるほどの力で握りしめられている。
「工場は日本のキッズファームの下請けです。世界中で売れているニッキー・Z人形の半分は、あそこでつくられてものです。体育館みたいに広い建物のなかには、冷房も暖房もありません。机が一直線に百メートルも並んで、そこに二百人の労働者が張りつき、細かな筆で人形に色をつけていきます。シフトは十四時間と十時間のふたつ。五月から十月までは二十四時間操業なのです。寝泊まりは工場敷地のなかにある寮でします。おおきな倉庫のなかに軍用のベッドがぎっしりと詰め込まれて、プライバシーはありません。姉の手紙ではみんなゴミ袋を天井からつるしてカーテン代わりにしていたそうです」
軍用ベッドで眠る二千人の女たちを考えた。
野戦病院のような眺めだったことだろう。
十四時間働いたあとでは、遊びにいく余裕などない。
「給料はどれくらいなんだ」
「日本円だと週に八百円から千円くらい。労働者には資本主義より厳しい共産主義の国なのです。福利厚生も、健康保険も、残業手当もありません」
おれの声は悲鳴のようになった。
「それで、もうかった金はどこにいくんだ」
「株主です。深センに昔から住んでいて、工場の敷地の持ち主だった人たちと党の役人が株主になって、利益はほとんどその人たちの配当になるそうです。」
救われない話になってきた。それでは一国二制度とか現代化とかいっても、実態はアフリカや中南米のぼったくり資本主義とまるでかわらない。
資本の原始的蓄積段階だ。
おれの声は低くなった。
「あんたの姉さんは、どうして死んだんだ」