ー特別編ー命ヲ啜ル玩具
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春になったからといって、おれには別に新しいことなどなにもなかった。
卒業も就職も転勤も、ほんの数日の出張さえない。
地域密着型零細学生は辛いのだ。
おれはときどき池袋の街の底で、一生足踏みをしてすごすんじゃないかと怖くなることがある。
まあ、毎日目の前で起きてることが、ばからしくなるほどカラフルだから、あまり退屈はしないんだけどね。
この春おれのマイブームといえば、なんといっても俳句だった。
中学の夏休みの宿題で無理矢理つくらされてから、いい思いでなどひとつもなかったのだが、本屋で手にした一冊の近代俳句集でガツンと後頭部をやられてしまったのだ。
だいたい俳人の名が、みなS・ウルフみたいでカッコいい。
三鬼とか、亜浪とか、水巴とかね。男っぽいのでは、不死男、不器男、赤黄男なんて男のなかの男の三連発もいる。
間違っても悠なんて間の抜けた名前ではないのだ。
おれが読んだ感じでは、どんな俳人でも文句なしの名句は十句あっても、二十はなかった。
だが、その十句を得るために、さして見返りのない俳句の道に一生をかけなければいけない。
おれの暇潰し(トラブル)といっしょだった。どこに目撃者がいるのかわからないし、たいした金にもならないのだ。
だが、俳人たちのなげやりだかまじめだかよくわからない真剣な軽さが、なんだかおれにはおもしろかった。
イメージや表現は、十七文字に爆発的に圧縮されて、抜群の冴えを見せている。
きっと来シーズンには、びしっとクールな近代俳句の技を、おれの口上でパクって見せるから、数少ないおれのファンは期待していてくれ。
で、なんだっけ、ニッキー・Zの話だったよな。
もちろん人形の話しは、春の池袋の道のうえ、人形みたいな顔をした女から始まった。
春風がぷるぷると白身魚の刺身のように肌をなでていく午後、おれはJR池袋駅の北口を歩いていた。
別になにか用事があったわけではない。
ただ散歩をしていただけ。
おれは冥府魔道が散歩道、だから池袋のテリトリー内を、野良猫みたいに年四百回はパトロールしているのだ。
陸橋に続く交差点の角、おれが生まれるまえからある名門ソープを横目にぶらついていると、若い女がにっこりと微笑みかけてくる。
パステルグリーンの短いトレンチコートに、白いミニスカート。
足は透き通るような白さで、ピンクの革靴のストラップに伸びている。
これが噂の逆ナンだろうか。とうとうおれにも春がきたのかと頬をゆるめると、女はいった。
「こんにちは、チャイニーズ・マッサージ、いかがですか」
日本語の発音におかしなところはなかった。
女の目と鼻は人形のように整っている。
肌はまだ熱をもっているセルロイドみたいに血色がいい。
卒業も就職も転勤も、ほんの数日の出張さえない。
地域密着型零細学生は辛いのだ。
おれはときどき池袋の街の底で、一生足踏みをしてすごすんじゃないかと怖くなることがある。
まあ、毎日目の前で起きてることが、ばからしくなるほどカラフルだから、あまり退屈はしないんだけどね。
この春おれのマイブームといえば、なんといっても俳句だった。
中学の夏休みの宿題で無理矢理つくらされてから、いい思いでなどひとつもなかったのだが、本屋で手にした一冊の近代俳句集でガツンと後頭部をやられてしまったのだ。
だいたい俳人の名が、みなS・ウルフみたいでカッコいい。
三鬼とか、亜浪とか、水巴とかね。男っぽいのでは、不死男、不器男、赤黄男なんて男のなかの男の三連発もいる。
間違っても悠なんて間の抜けた名前ではないのだ。
おれが読んだ感じでは、どんな俳人でも文句なしの名句は十句あっても、二十はなかった。
だが、その十句を得るために、さして見返りのない俳句の道に一生をかけなければいけない。
おれの暇潰し(トラブル)といっしょだった。どこに目撃者がいるのかわからないし、たいした金にもならないのだ。
だが、俳人たちのなげやりだかまじめだかよくわからない真剣な軽さが、なんだかおれにはおもしろかった。
イメージや表現は、十七文字に爆発的に圧縮されて、抜群の冴えを見せている。
きっと来シーズンには、びしっとクールな近代俳句の技を、おれの口上でパクって見せるから、数少ないおれのファンは期待していてくれ。
で、なんだっけ、ニッキー・Zの話だったよな。
もちろん人形の話しは、春の池袋の道のうえ、人形みたいな顔をした女から始まった。
春風がぷるぷると白身魚の刺身のように肌をなでていく午後、おれはJR池袋駅の北口を歩いていた。
別になにか用事があったわけではない。
ただ散歩をしていただけ。
おれは冥府魔道が散歩道、だから池袋のテリトリー内を、野良猫みたいに年四百回はパトロールしているのだ。
陸橋に続く交差点の角、おれが生まれるまえからある名門ソープを横目にぶらついていると、若い女がにっこりと微笑みかけてくる。
パステルグリーンの短いトレンチコートに、白いミニスカート。
足は透き通るような白さで、ピンクの革靴のストラップに伸びている。
これが噂の逆ナンだろうか。とうとうおれにも春がきたのかと頬をゆるめると、女はいった。
「こんにちは、チャイニーズ・マッサージ、いかがですか」
日本語の発音におかしなところはなかった。
女の目と鼻は人形のように整っている。
肌はまだ熱をもっているセルロイドみたいに血色がいい。