「いいです。こっちでなんとかします」

通話を切った。
おれはさっきのオペラの歌詞を胸に刻んだ。

着実に、忍耐強く、賢くあれ。

それにしても、あんなやつの首にどうやって、鈴をつけるのか。
何時間考えても、おれにはいいアイディアが浮かびそうにもなかった。

アイディアがでないときには、でないとはっきりわかるものだ。

おれは意味もなく、つぎの番号を選んだ。
関東賛和会羽沢組系一ノ瀬組のホープ、拳二さん。

今やむこうの世界の中間管理職だ。

「おれです、ともき。」

『おぅ、珍しいな。なんだ、のみの誘いか？』

拳二さんはヤクザの同僚ではなく、なぜか堅気のおれと遊びたがる。

気持ちはわからなくはないが、このところ拳二さんとはのみにいってはいなかった。

「いえ。あの、丸岡ってやつ、知ってますか？」

『なんだぁ、ついにはお前までトラブルか。悠と同じで、掃除機みたいにもめ事を吸い寄せるなよ。丸岡なら、京極会系の四次団体かどこかに籍をおいたことがあったようだ』

「それで」

『続かなかった。いくら外れ者ばかりの世界でも、守らなきゃならない決めごとがいくつかある。やつにはそれができなかった。』

おれはマッドドッグの夢見るような目を思い出した。。あそこにはヤクザの世界のルールなど映るはずもない。

自分の命も人の命も同じように軽いのだろう。
おるはやつを殺さず、傷もつけずに、この街から放りだしたかった。

なにも考えずにおれはいった。

「ねぇ、拳二さん、池袋で一番狂暴なやつって、どこにいるんだろう」

彼は電話のむこうで、あきれて鼻を鳴らした。

『おまえ、誰に電話してるんだ。うちの業界にごっそりいるに決まってる』

「はぁ、やっぱり、そうですよね……！」

そのときだった。
おれの頭のなかに稲妻のようなフラッシュアイディアがひらめいた。

「狂犬は狂犬の檻のなかに追い込めばいい」

『ともき、なにいってんだ、おまえ』

おれはまたあとでかけ直すといって、通話を切った。

先ほど別れたばかりのショウタに電話した。
まだやつは自宅にもどっていないようだった。

間の抜けた声の背後に、街の音が聞こえる。
どこかの駅まえの雑踏。
ほこりっぽい声が返ってくる。

『なんだよ』

「よう、おれ、ともき」

相手によって急に声を変えるのは、ガキの悪い癖。

『ああ、ともきさん、すいません』

「丸岡って、酒のむか」

『いくらでものみますよ。クスリとちゃんぽんだから、あっというまにできあがります』

いいニュースだった。

「じゃあ、やつって女好きかな」

ショウタのにやけた顔が想像できそうだった。

『女嫌いな男っていないっしょ』

おれはこういう単純な男が嫌いじゃない

「おまえもたまに丸岡とのみにいったりするんだよな」

『ええ、そうですけど、それがなにか関係あるんですか？』

おれのなかで絵が描きあがりつつあった。

「また電話する」

さて、どうするかな。
マッドドッグをはめるうまそうな餌のついた罠をつくるのだ。

着実に、忍耐強く、賢くあれ。