ー特別編ー野獣とユニオン
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ここからあとは、おまけのお話。
散々泣きはらしたぼろぼろの顔で、あのあと音川はカフェからPパルコにむかった。
タカシとボディガードふたりに警護されてね。
おれはそこまではつきあわなかったから、あの四人組の顔が氷のように青くなるところは見なかった。
音川によるとそれは胸のすく瞬間だったという。
短い人生のほぼ三分の一を、やつらに強請られていたのだから、当然だろう。
タカシは音川を指さしていったそうだ。
「ここにいる音川栄治は、今日からSウルフの一員になった。おまえたちが近づくこと、声をかけることを禁止する」
見事な行政処分である。
震えあがって、やつらはうなずいた。
池袋ではSウルフの威光は絶対なのだ。
この街にいる限り、やつらが音川に近づくことは決してないだろう。
あのカフェの午後から十日ばかりたった週末、おれはまたチヒロの家へ呼ばれた。
今度はボーイフレンドの真似事は必要ない。
花束もスーツもない。
チヒロはバラがないのを残念がっていたが、おれのスーツ姿をもう一度みたいとはまったくいわなかった。
ヒロの心尽くしのフルコースを堪能してから、お茶の時間になった。するとやつはいう。
「自分の店は無理でも、いいアイディアが浮かんだんだ。」
この男の考えることだ。
きっとどこか魅力的なのは間違いないだろう。
そう思っているとやつは、テーブルにクロッキー帳を広げる。
そこには中型のバスがラフに描かれていた。
「こいつが、チヒロとぼくのパスタバスなんだ。オフィス街のランチアワーに店をだす。メニューは前菜とパスタだけ。これなら三時間しか立っていられなくも、なんとかなりそうだ」
そのバスの横には、どこか見たことのある男の絵が描かれていた。
ヒロでもおれでもない。
短く立ち上がった金色の短髪。
音川だった。
「こいつは……」
照れたようにヒロはいう。
「あれから何度も話し合った。実はね、ぼくはよくあの事件の悪夢を見てうなされていたんだ。でも、あのカフェでエイジくんにあってから、すっぱりと夢を見なくなった。彼とは、あれから一度のみにいった。泣きながら、ぼくの足の代わりをしたいといっていた」
チヒロはあきれたようにいった。
「やめといたほうがいいっていったんだけど、うちのお兄ちゃん、頑固なの」
おれは未来のシェフの目を見た。
そいつは最初にあったときと同じ明るい目だ。
「エイジくんもこの池袋の人間だ。だったら、逃げずに話をした方がいい。悠くんにもほんとに感謝している」
おれはクロッキー帳に色鉛筆で描かれた七色のバスを見た。
なんだかガーリックとオリーブオイルの飛びきりのにおいがしてきそうだ。
「おれはなんもしてないよ。ただもつれた糸をもどいただけさ。っか、こんな店が走ってたら、絶対おれならひいきにするよ。あんたのパスタは最高だ。」
それよりもっといいのは、ヒロのあのときの笑顔だとはいわなかった。
音川をケダモノではなく人間だといって握手したときの顔である。
黙っている代わりに、おれはリビングのテーブルに手をさしだした。
あのカフェの午後のように、ヒロはやわらかな手でおれの手を握り返してくる。
男の手をにぎって感動するなんて、おれもいかれたものだ。
きっとこれは春のせいなのだろう。
生物は季節にだけは逆らえないようにつくられている。
それは満開のサクラも、花の枝を飛び回る小鳥たちも、このおれやあんただってきっと変わらないはずだ。
ー野獣とユニオン・完ー
散々泣きはらしたぼろぼろの顔で、あのあと音川はカフェからPパルコにむかった。
タカシとボディガードふたりに警護されてね。
おれはそこまではつきあわなかったから、あの四人組の顔が氷のように青くなるところは見なかった。
音川によるとそれは胸のすく瞬間だったという。
短い人生のほぼ三分の一を、やつらに強請られていたのだから、当然だろう。
タカシは音川を指さしていったそうだ。
「ここにいる音川栄治は、今日からSウルフの一員になった。おまえたちが近づくこと、声をかけることを禁止する」
見事な行政処分である。
震えあがって、やつらはうなずいた。
池袋ではSウルフの威光は絶対なのだ。
この街にいる限り、やつらが音川に近づくことは決してないだろう。
あのカフェの午後から十日ばかりたった週末、おれはまたチヒロの家へ呼ばれた。
今度はボーイフレンドの真似事は必要ない。
花束もスーツもない。
チヒロはバラがないのを残念がっていたが、おれのスーツ姿をもう一度みたいとはまったくいわなかった。
ヒロの心尽くしのフルコースを堪能してから、お茶の時間になった。するとやつはいう。
「自分の店は無理でも、いいアイディアが浮かんだんだ。」
この男の考えることだ。
きっとどこか魅力的なのは間違いないだろう。
そう思っているとやつは、テーブルにクロッキー帳を広げる。
そこには中型のバスがラフに描かれていた。
「こいつが、チヒロとぼくのパスタバスなんだ。オフィス街のランチアワーに店をだす。メニューは前菜とパスタだけ。これなら三時間しか立っていられなくも、なんとかなりそうだ」
そのバスの横には、どこか見たことのある男の絵が描かれていた。
ヒロでもおれでもない。
短く立ち上がった金色の短髪。
音川だった。
「こいつは……」
照れたようにヒロはいう。
「あれから何度も話し合った。実はね、ぼくはよくあの事件の悪夢を見てうなされていたんだ。でも、あのカフェでエイジくんにあってから、すっぱりと夢を見なくなった。彼とは、あれから一度のみにいった。泣きながら、ぼくの足の代わりをしたいといっていた」
チヒロはあきれたようにいった。
「やめといたほうがいいっていったんだけど、うちのお兄ちゃん、頑固なの」
おれは未来のシェフの目を見た。
そいつは最初にあったときと同じ明るい目だ。
「エイジくんもこの池袋の人間だ。だったら、逃げずに話をした方がいい。悠くんにもほんとに感謝している」
おれはクロッキー帳に色鉛筆で描かれた七色のバスを見た。
なんだかガーリックとオリーブオイルの飛びきりのにおいがしてきそうだ。
「おれはなんもしてないよ。ただもつれた糸をもどいただけさ。っか、こんな店が走ってたら、絶対おれならひいきにするよ。あんたのパスタは最高だ。」
それよりもっといいのは、ヒロのあのときの笑顔だとはいわなかった。
音川をケダモノではなく人間だといって握手したときの顔である。
黙っている代わりに、おれはリビングのテーブルに手をさしだした。
あのカフェの午後のように、ヒロはやわらかな手でおれの手を握り返してくる。
男の手をにぎって感動するなんて、おれもいかれたものだ。
きっとこれは春のせいなのだろう。
生物は季節にだけは逆らえないようにつくられている。
それは満開のサクラも、花の枝を飛び回る小鳥たちも、このおれやあんただってきっと変わらないはずだ。
ー野獣とユニオン・完ー