ー特別編ー野獣とユニオン
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白いコートの背中にいった。
「ところで、そっちの名前は」
「葉山千裕(はやまちひろ)」
学生にも主婦にも見えなかった。
事務職でもなさそうだ。
「どこで働いてるの」
「ISPのなかにあるブティック」
ISPは池袋ショッピングパーク。
JRの駅にくっついた地下の商店街だ。
チヒロはそこで販売員をしているのだろう。
女は駅から離れ、ロマンス通りをどんどんすすんでいく。
「どこか目的地があるのか?」
一瞬だけ振り向くと、チヒロは怖い顔でいった。
「悠さんにも現場を見ておいてもらいたくて」
そのあたりは風俗とパブと飲食店がむやみに繁殖している。
昼のあいだは静かだが、夜になると夜光虫のように輝きだす街だ。
チヒロは常磐通りをわたって、さらに歩いていく。
ちょうど繁華街と住宅地の境目だった。
角に自動販売機のおいてある信号のないちいさな交差点だ。
「ここがあのケダモノがうちのお兄ちゃんを襲った場所」
俺はその場にたって周囲を見わたした。
犯行の名残などかけらもない。
小学生が自転車でとおりすぎ、主婦は険しい顔でぐずる子供の手を引いていく。
春の白い光にさらされた住宅地のありふれた交差点。
「なにがあったんだ」
チヒロは遠い目をしていう。
「去年の三月。お兄ちゃんは、西口のイタリアンで働いていたんだ。『イル・ジャルディーノ』ってパスタのおいしい店。仕事帰りで、夜十一時すぎだった。さっきの携帯のケダモノにいきなりうしろから襲われた。警棒みたいなもので肩を殴られ、倒れたところを踏みつけられた。右の膝に飛び乗るように思い切り。ひざのお皿が割れて、粉々になった。」
俺には言葉がなかった。
このところ池袋の街も物騒で、とおりすがりの強盗も急増中だ。
まあ、そいつは東京中どこでも同じ事態なんだが。
「それで、あのケダモノはお兄ちゃんの財布から現金だけ抜いていってしまった。盗まれたのは三千円だけ。給料日まえだったの。」
生ぬるい春の夜、俺はその場で起きたことを想像してみた。
暗い交差点でいきなり暴力がスパークする。
野獣が金をもって立ち去るまでにかかる時間はほんの三、四十秒というところ。
ひざを砕かれたチヒロの兄は、ほとんど自分の身になにが起きたのか理解できなかっただろう。
確かなのは骨にしみるひざの痛みだけ。
おれの声は自然にかすれてしまった。
「それでケダモノはどうなった」
つまらなそうにチヒロはいう。
「檻にはいったよ」
「逮捕されたんならよかったじゃないか」
チヒロは伏せていた顔をあげて、おれを睨み付けた。
「ぜんぜんよくないよ。お兄ちゃんが叫んで、まわりにいた人が集まり、取り押さえてくれたんだ。捕まえてみると、ケダモノは未成年だった。少年院にはいったのは7ヶ月だけ。もう平気な顔して、この街をあるいてる」
「そうか」
「ところで、そっちの名前は」
「葉山千裕(はやまちひろ)」
学生にも主婦にも見えなかった。
事務職でもなさそうだ。
「どこで働いてるの」
「ISPのなかにあるブティック」
ISPは池袋ショッピングパーク。
JRの駅にくっついた地下の商店街だ。
チヒロはそこで販売員をしているのだろう。
女は駅から離れ、ロマンス通りをどんどんすすんでいく。
「どこか目的地があるのか?」
一瞬だけ振り向くと、チヒロは怖い顔でいった。
「悠さんにも現場を見ておいてもらいたくて」
そのあたりは風俗とパブと飲食店がむやみに繁殖している。
昼のあいだは静かだが、夜になると夜光虫のように輝きだす街だ。
チヒロは常磐通りをわたって、さらに歩いていく。
ちょうど繁華街と住宅地の境目だった。
角に自動販売機のおいてある信号のないちいさな交差点だ。
「ここがあのケダモノがうちのお兄ちゃんを襲った場所」
俺はその場にたって周囲を見わたした。
犯行の名残などかけらもない。
小学生が自転車でとおりすぎ、主婦は険しい顔でぐずる子供の手を引いていく。
春の白い光にさらされた住宅地のありふれた交差点。
「なにがあったんだ」
チヒロは遠い目をしていう。
「去年の三月。お兄ちゃんは、西口のイタリアンで働いていたんだ。『イル・ジャルディーノ』ってパスタのおいしい店。仕事帰りで、夜十一時すぎだった。さっきの携帯のケダモノにいきなりうしろから襲われた。警棒みたいなもので肩を殴られ、倒れたところを踏みつけられた。右の膝に飛び乗るように思い切り。ひざのお皿が割れて、粉々になった。」
俺には言葉がなかった。
このところ池袋の街も物騒で、とおりすがりの強盗も急増中だ。
まあ、そいつは東京中どこでも同じ事態なんだが。
「それで、あのケダモノはお兄ちゃんの財布から現金だけ抜いていってしまった。盗まれたのは三千円だけ。給料日まえだったの。」
生ぬるい春の夜、俺はその場で起きたことを想像してみた。
暗い交差点でいきなり暴力がスパークする。
野獣が金をもって立ち去るまでにかかる時間はほんの三、四十秒というところ。
ひざを砕かれたチヒロの兄は、ほとんど自分の身になにが起きたのか理解できなかっただろう。
確かなのは骨にしみるひざの痛みだけ。
おれの声は自然にかすれてしまった。
「それでケダモノはどうなった」
つまらなそうにチヒロはいう。
「檻にはいったよ」
「逮捕されたんならよかったじゃないか」
チヒロは伏せていた顔をあげて、おれを睨み付けた。
「ぜんぜんよくないよ。お兄ちゃんが叫んで、まわりにいた人が集まり、取り押さえてくれたんだ。捕まえてみると、ケダモノは未成年だった。少年院にはいったのは7ヶ月だけ。もう平気な顔して、この街をあるいてる」
「そうか」