ー特別編ーワルツ・フォー・ベビー
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その夜、おれはジャズタクシーの助手席に、オヤジは運転席に座り、いつ果てるともしれないドライブをした。
おれの新年のひと晩など、孫と息子を一度になくした南条を慰めるためなら安いものだった。
おれたちは激しいジャズも悲しいジャズもききたきなかった。
できればメジャーコードの曲がいい。
おれはいつか上野から帰り道に聞いたビル・エヴァンスをリクエストした。
ツンとスコット・ラファロのベースがうなり、枯れ葉の舞い落ちるようにエヴァンスのピアノが短いフレーズをくるくるとつなぎ『ワルツ・フォー・デビー』が流れ出した。
おれたちはすべてのちりがぬぐい去られた東京の新年の夜を走った。
池袋、新宿、上野、秋葉原、御茶ノ水。
どこもおれの大好きな街だった。
にぎやかに道路に繰り出した酔っぱらいが、回送のサインなど無視して、おれたちのタクシーに手をあげていた。
オヤジは何度もこれでよかったんだよなと俺に確認した。
おれは南条のオヤジほど強くはないから、ほんとうにあれでよかったのかどうかなんてわからなかった。
だが、強がっていった。
「もう一度、同じことがあったら、きっとまたさっきみたいにするんだろ」
ジャズタクシーの陽気な運転手は困った顔をした。
「そうだな、またあんなにみっともないくらい泣いて、無理をするんだろうな」
おれは窓の外を眺めていった。
「おれがアンタの息子だったら、アンタのことを誇りに思うよ」
そうか、そうかという声の調子で、南条のオヤジがまた泣いているのがわかった。
おれはもうなにも考えなかった。
それから夜明けまでピアノトリオをききながら飛びすぎる東京の街を見ていただけだ。
こうしておれの新しい一年の最初の一日が終わった。
朝の光のなか、自宅にではなく西口公園のわきでタクシーをおろしてもらう。
東部デパートの鏡の階段のような壁面に冷たい朝日がきらきらとこぼれていた。
おれは遠ざかっていくジャズタクシーに両手を振って別れを告げた。
今年一年がなにを連れてくるのか、おれには想像もできない。
だが、あのレターカーディガンのオヤジのような勇敢さがあれば、どんなことが起きてもきっとだいじょうぶだ。
俺はスケートリンクのように霜のおりた円形広場を口笛を吹いてわたり、家に帰った。
曲はもちろんこれから生まれてくるベビーのためのワルツだ。
「ワルツ・フォー・ベビー」
end
おれの新年のひと晩など、孫と息子を一度になくした南条を慰めるためなら安いものだった。
おれたちは激しいジャズも悲しいジャズもききたきなかった。
できればメジャーコードの曲がいい。
おれはいつか上野から帰り道に聞いたビル・エヴァンスをリクエストした。
ツンとスコット・ラファロのベースがうなり、枯れ葉の舞い落ちるようにエヴァンスのピアノが短いフレーズをくるくるとつなぎ『ワルツ・フォー・デビー』が流れ出した。
おれたちはすべてのちりがぬぐい去られた東京の新年の夜を走った。
池袋、新宿、上野、秋葉原、御茶ノ水。
どこもおれの大好きな街だった。
にぎやかに道路に繰り出した酔っぱらいが、回送のサインなど無視して、おれたちのタクシーに手をあげていた。
オヤジは何度もこれでよかったんだよなと俺に確認した。
おれは南条のオヤジほど強くはないから、ほんとうにあれでよかったのかどうかなんてわからなかった。
だが、強がっていった。
「もう一度、同じことがあったら、きっとまたさっきみたいにするんだろ」
ジャズタクシーの陽気な運転手は困った顔をした。
「そうだな、またあんなにみっともないくらい泣いて、無理をするんだろうな」
おれは窓の外を眺めていった。
「おれがアンタの息子だったら、アンタのことを誇りに思うよ」
そうか、そうかという声の調子で、南条のオヤジがまた泣いているのがわかった。
おれはもうなにも考えなかった。
それから夜明けまでピアノトリオをききながら飛びすぎる東京の街を見ていただけだ。
こうしておれの新しい一年の最初の一日が終わった。
朝の光のなか、自宅にではなく西口公園のわきでタクシーをおろしてもらう。
東部デパートの鏡の階段のような壁面に冷たい朝日がきらきらとこぼれていた。
おれは遠ざかっていくジャズタクシーに両手を振って別れを告げた。
今年一年がなにを連れてくるのか、おれには想像もできない。
だが、あのレターカーディガンのオヤジのような勇敢さがあれば、どんなことが起きてもきっとだいじょうぶだ。
俺はスケートリンクのように霜のおりた円形広場を口笛を吹いてわたり、家に帰った。
曲はもちろんこれから生まれてくるベビーのためのワルツだ。
「ワルツ・フォー・ベビー」
end