ー特別編ーワルツ・フォー・ベビー
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歩いてむかったのはとなりの西池袋一丁目。
目と鼻の先にある西口公園だ。
おれにとっては雛鳥の巣のようなもの。
どうしたらいいのかわからなくなったり、進む道に迷ったりしたときは、とりあえず円形広場のベンチに座り、周囲の風景に心をひらく。
そうやって何度も危険なことや心が折れそうなときを乗りきってきたのだ。
おれはその場で三十分放心してから、つぎの三十分考えた。
一時間後に携帯を抜いて、あの立て看板にあった番号を押す。
池袋署にいる従兄弟の携帯だ。
小鳥遊柏はおれのガキの頃からの犬猿の仲で、ストレートで京大を卒業し、その後軍関係のヤバイ仕事でアメリカに渡ったりして、なぜか今は警察をしている。
本職不明の警察官はオフの声でいった。
「てめぇか。おれは今夜美人の女と飲むんだ切るぞ。」
かなりいや、極めて珍しく冗談をいった柏だが、おれは冗談を返す気になれなかった。
「すまないが五分だけ時間をくれないか。古い資料を誰かにあたらせてほしいんだ」
柏の切り替えの素早さは、池袋のキングなみだった。しゃんと声をまっすぐにしていう。
「ヤマ(事件)は?」
「五年前の芸術劇場裏の殺人事件だ。第一発見者の女の証言を知りたい。」
警官はためいきをついていった。
「お前、また面倒な事件に首突っ込んでるな。わかった。あとで携帯にかけるから待ってろ。」
おれはなんだか急に泣きたくなった。
これまでは悪役とそうでない役の境界は、俺のなかでいつもはっきりしていた。
だが、今回はそうではないのだ。
ただのとおりすがりでしかないおれになにができるのだろうか。
抱えきれないほどの秘密を背負って生きてるふたりの女と息子を殺された父親。
誰かのこれからの人生をめちゃくちゃにすることなく、この事件に幕が引けるのか。
おれはにぎやかなネオンサインを浴びながら、金属パイプのベンチで凍りついていた。
知らない誰かが見たら、新しい公共彫刻がひとつ増えたとでも思っただろう。
柏からの電話は二十分後だった。
「いいか。今回は貸し一だからな。おまえのおかげで飲みは十五分は遅れそうだ」
俺は凍えた声でいった。
「わかった。つぎはおれがおごるよ…」
「気持ち悪いな…。だいじょうぶか、悠」
だいじょうぶではなかった。
もうくたくただったのだ。昨日は上野のストリートギャング数十人に袋にされ、今日はとても背負いきれない秘密をふたりの女から渡された。
身も心ももうぎりぎりだ。
「一度しか言わないからな。いくぞ。第一発見者は上田晴美二十一歳。死んだ南条利洋二十一歳の内縁の妻だった。発見者は被害者が倒れていた劇場裏の階段のあたりで、逃げていく若いカップルを見たと証言している。男も女も大学生風の格好で、男の身長は百七十五センチくらい。女もおおきくて百七十センチくらいはあったそうだ。こんなところでいいか。なにか犯人に繋がるような情報でも出てきたのか」
おしまいの方は柏の声は耳にはいらなかった。
頭の中には白いコートの女だけ。
背の高さはちょうど百七十くらいはあっただろう。
「いや。いいんだ。なんだか俺の勘違いみたいだ。じゃあな…」
携帯の向こうで柏がなにかいいかけたようだが、無視して通話を切った。
ぎくしゃくとベンチを立ち、あやつり人形のように俺はうちに帰った。
目と鼻の先にある西口公園だ。
おれにとっては雛鳥の巣のようなもの。
どうしたらいいのかわからなくなったり、進む道に迷ったりしたときは、とりあえず円形広場のベンチに座り、周囲の風景に心をひらく。
そうやって何度も危険なことや心が折れそうなときを乗りきってきたのだ。
おれはその場で三十分放心してから、つぎの三十分考えた。
一時間後に携帯を抜いて、あの立て看板にあった番号を押す。
池袋署にいる従兄弟の携帯だ。
小鳥遊柏はおれのガキの頃からの犬猿の仲で、ストレートで京大を卒業し、その後軍関係のヤバイ仕事でアメリカに渡ったりして、なぜか今は警察をしている。
本職不明の警察官はオフの声でいった。
「てめぇか。おれは今夜美人の女と飲むんだ切るぞ。」
かなりいや、極めて珍しく冗談をいった柏だが、おれは冗談を返す気になれなかった。
「すまないが五分だけ時間をくれないか。古い資料を誰かにあたらせてほしいんだ」
柏の切り替えの素早さは、池袋のキングなみだった。しゃんと声をまっすぐにしていう。
「ヤマ(事件)は?」
「五年前の芸術劇場裏の殺人事件だ。第一発見者の女の証言を知りたい。」
警官はためいきをついていった。
「お前、また面倒な事件に首突っ込んでるな。わかった。あとで携帯にかけるから待ってろ。」
おれはなんだか急に泣きたくなった。
これまでは悪役とそうでない役の境界は、俺のなかでいつもはっきりしていた。
だが、今回はそうではないのだ。
ただのとおりすがりでしかないおれになにができるのだろうか。
抱えきれないほどの秘密を背負って生きてるふたりの女と息子を殺された父親。
誰かのこれからの人生をめちゃくちゃにすることなく、この事件に幕が引けるのか。
おれはにぎやかなネオンサインを浴びながら、金属パイプのベンチで凍りついていた。
知らない誰かが見たら、新しい公共彫刻がひとつ増えたとでも思っただろう。
柏からの電話は二十分後だった。
「いいか。今回は貸し一だからな。おまえのおかげで飲みは十五分は遅れそうだ」
俺は凍えた声でいった。
「わかった。つぎはおれがおごるよ…」
「気持ち悪いな…。だいじょうぶか、悠」
だいじょうぶではなかった。
もうくたくただったのだ。昨日は上野のストリートギャング数十人に袋にされ、今日はとても背負いきれない秘密をふたりの女から渡された。
身も心ももうぎりぎりだ。
「一度しか言わないからな。いくぞ。第一発見者は上田晴美二十一歳。死んだ南条利洋二十一歳の内縁の妻だった。発見者は被害者が倒れていた劇場裏の階段のあたりで、逃げていく若いカップルを見たと証言している。男も女も大学生風の格好で、男の身長は百七十五センチくらい。女もおおきくて百七十センチくらいはあったそうだ。こんなところでいいか。なにか犯人に繋がるような情報でも出てきたのか」
おしまいの方は柏の声は耳にはいらなかった。
頭の中には白いコートの女だけ。
背の高さはちょうど百七十くらいはあっただろう。
「いや。いいんだ。なんだか俺の勘違いみたいだ。じゃあな…」
携帯の向こうで柏がなにかいいかけたようだが、無視して通話を切った。
ぎくしゃくとベンチを立ち、あやつり人形のように俺はうちに帰った。