ー特別編ーワルツ・フォー・ベビー
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明るい茶色のタイル張りのポーチだった。正月の飾りが開いたままのガラス扉にさがっている。
ありふれたマンションの入り口に、エプロン姿の背の高い女が手に白いポリ袋をさげて立っている。
女は命日の翌日おおきな花束をテラスに供えていたあの妊婦だった。
今日はなんとなくフードを被っていて後ろ姿で俺と浩志を勘違いしたのだろう。
女の上品な顔が蒼白になった。
お歳暮のおすそ分けにリンゴをもって近所の友達の家にいく。
それにどれほどの罪があるというのだろうか。
女は俺に軽く頭をさげた。
「このまえはどうも。晴美さんのお友だちだったんですか」
晴美があわてていった。
「いえ、小鳥遊さんは南条のおじいちゃんの知り合いなの」
晴美が視線だけでなにかを女に伝えたがっているのがわかった。
すべての鍵を握っていたのは晴美ではなく、この女だったのだ。
晴美が突然そこから先を話さなくなっていたのは自分を守るためではなく、きっとこの女を守るためだったのろう。
それ以上突っ込んでも腐った井戸のように汚い水が沸きだすだけなのはわかっていた。
それでもおれはつまらない口をきいた。
「晴美さん、五年前にトシさんが倒れているのを発見したのは、間違いないですよね。そのとき近くでなにかを見たんじゃありませんか」
晴美と臨月の女のあいだで何度か視線がいききした。ようやく晴美が答える。
「さあ、見ていないけど、もう五年もまえのことだか忘れちゃった。悠さんも、もういいよ、トシはああいい人だったんだから。」
最後の言葉はおれにではなく、ギンガムチェックのエプロンを着て凍りついている女にむけられた言葉だった。
おれはフードをあげて髪を解放して自己紹介した。
「散歩好きの学生で小鳥遊悠です」
女は真空の中で呼吸するようになんども口をあけしめしてからなんとか答えた。
「松岡未佐子です」
それから諦めたようにわらった。
俺の目をまっすぐに見る。
「この近くの西池袋二丁目に住んでいるの。それじゃ、晴美さん、このリンゴをどうぞ」
晴美は呆然としてポリ袋をうけとった。
信じられないという表情女を見て、俺のことを振り返りもせずに、黙って肩を落とし階段を上っていく。
エプロンの女は背をまっすぐに伸ばして、エントランスをでていった。
おれもオヤジにさよならもいわずにマンションを離れた。
どうしたらいいのかまるでわからなかった。
つい先ほどの晴美のようにレターカーディガンを着た陽気なオヤジになにもかもぶちまけてしまいそうな気がした。
いきなり肩にのせられた五年前の秘密。
俺の足はあまりの重さにふらふらになっていた。
ありふれたマンションの入り口に、エプロン姿の背の高い女が手に白いポリ袋をさげて立っている。
女は命日の翌日おおきな花束をテラスに供えていたあの妊婦だった。
今日はなんとなくフードを被っていて後ろ姿で俺と浩志を勘違いしたのだろう。
女の上品な顔が蒼白になった。
お歳暮のおすそ分けにリンゴをもって近所の友達の家にいく。
それにどれほどの罪があるというのだろうか。
女は俺に軽く頭をさげた。
「このまえはどうも。晴美さんのお友だちだったんですか」
晴美があわてていった。
「いえ、小鳥遊さんは南条のおじいちゃんの知り合いなの」
晴美が視線だけでなにかを女に伝えたがっているのがわかった。
すべての鍵を握っていたのは晴美ではなく、この女だったのだ。
晴美が突然そこから先を話さなくなっていたのは自分を守るためではなく、きっとこの女を守るためだったのろう。
それ以上突っ込んでも腐った井戸のように汚い水が沸きだすだけなのはわかっていた。
それでもおれはつまらない口をきいた。
「晴美さん、五年前にトシさんが倒れているのを発見したのは、間違いないですよね。そのとき近くでなにかを見たんじゃありませんか」
晴美と臨月の女のあいだで何度か視線がいききした。ようやく晴美が答える。
「さあ、見ていないけど、もう五年もまえのことだか忘れちゃった。悠さんも、もういいよ、トシはああいい人だったんだから。」
最後の言葉はおれにではなく、ギンガムチェックのエプロンを着て凍りついている女にむけられた言葉だった。
おれはフードをあげて髪を解放して自己紹介した。
「散歩好きの学生で小鳥遊悠です」
女は真空の中で呼吸するようになんども口をあけしめしてからなんとか答えた。
「松岡未佐子です」
それから諦めたようにわらった。
俺の目をまっすぐに見る。
「この近くの西池袋二丁目に住んでいるの。それじゃ、晴美さん、このリンゴをどうぞ」
晴美は呆然としてポリ袋をうけとった。
信じられないという表情女を見て、俺のことを振り返りもせずに、黙って肩を落とし階段を上っていく。
エプロンの女は背をまっすぐに伸ばして、エントランスをでていった。
おれもオヤジにさよならもいわずにマンションを離れた。
どうしたらいいのかまるでわからなかった。
つい先ほどの晴美のようにレターカーディガンを着た陽気なオヤジになにもかもぶちまけてしまいそうな気がした。
いきなり肩にのせられた五年前の秘密。
俺の足はあまりの重さにふらふらになっていた。