ー特別編ーワルツ・フォー・ベビー
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正月を間近に控えてアメ横の熱気は沸騰しそうな勢いだが、ガキの顔つきはトシヒロの名前を出したとたんに氷の面のようになる。
おれは四時間もあちこち歩きまわり、数十人に声をかけ続けた。
すべて空振り。
駅に戻ったのは日が沈んだ直後で、上野公園のうえの空は熱のないオレンジ色に光っていた。
混雑した山手線のつりがわにつかまって、その空を眺めていると俺の闘志に火がつくのがわかった。
いいだろう。
誰かが秘密にしたい何かがあるなら、俺が揺さぶりをかけて徹底的に洗い出してやる。
女をナンパするのは苦手でも、水のなかの魚のように街をうろつくのは俺の得意技だ。
バカな話。
何も知らないと言うのは、いつだっていい気なものである。
池袋の夜の散歩は続いていた。
それどころか考えることが増えて、逆に時間は長くなったくらいだ。
芸術劇場裏のテラスは命日の翌日にはきれいに片付けられていた。
花束もキャンドルも残っていない。
こぼれたロウの跡がうっすらと大理石のうえに盛り上がっているだけだった。
南条のオヤジは劇場の管理人と話して、命日までの約束で場所を借りていたのだと言う。
おれがその女を見たのは、誰も酒をのんでいないテラスの手すりだった。
時刻はちょいと早い夜の十一時半。
おれがゆっくりとテラスに近づいていくと、あたたかそうな白いダウンコートを着た女が、花束をおくところだった。
かがみこむのがしんどそうで、女が妊娠ているのがわかった。
それも産み月に近いほど腹がせりだしている。
この女も上野のチームのOGなのだろうか。
女は長い間手をあわせて立ち尽くしていた。
おれはうしろからそっと声をかけた。
「アンタもトシさんの知り合いなのか」
女はその場に飛び上がりそうな勢いで振り向いた。
年は二十代なかば。
どこかのチームにいたというより、丸の内でOLをやっていたという感じの上品な女だ。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。ただ最近そこでなくなったトシさんについて取材しているものだから」
女はぺこりと俺にまで頭を下げる。
「あまりよくは知らないんです。トシヒロさんてどういう人だったんですか」
そういわれて困るのは俺のほうだった。
おれはまだトシヒロを直接知る人間とは、あのオヤジ以外ほとんど口をきいていなかった。
「上野のチームのみんなには慕われていたようだけど、おれもまだよくわからないんだ」
そうですかと口のなかでつぶやいて、女はマルイのほうに歩いていってしまった。
おれはひとつだけ残された花束を見下ろした。
今の女は上野のヘッドと同じくらいの年だったから、昔ちょっと付き合ったことがあったのかもしれないと思った。
やはり誰かが死んだ場所というのは特別な場所で、いろいろな人間を引き寄せるのだろう。
西口公園でおれが死んだら、いったい誰が花束をもってきてくれるのだろうか。
タカシとケンジはきっとでかい花束をもってくるにきまっているが、その先何人考えても上品な女なんてひとりも浮かんでこなかった。
くそ、今死ぬのは絶対に損だ。
おれは四時間もあちこち歩きまわり、数十人に声をかけ続けた。
すべて空振り。
駅に戻ったのは日が沈んだ直後で、上野公園のうえの空は熱のないオレンジ色に光っていた。
混雑した山手線のつりがわにつかまって、その空を眺めていると俺の闘志に火がつくのがわかった。
いいだろう。
誰かが秘密にしたい何かがあるなら、俺が揺さぶりをかけて徹底的に洗い出してやる。
女をナンパするのは苦手でも、水のなかの魚のように街をうろつくのは俺の得意技だ。
バカな話。
何も知らないと言うのは、いつだっていい気なものである。
池袋の夜の散歩は続いていた。
それどころか考えることが増えて、逆に時間は長くなったくらいだ。
芸術劇場裏のテラスは命日の翌日にはきれいに片付けられていた。
花束もキャンドルも残っていない。
こぼれたロウの跡がうっすらと大理石のうえに盛り上がっているだけだった。
南条のオヤジは劇場の管理人と話して、命日までの約束で場所を借りていたのだと言う。
おれがその女を見たのは、誰も酒をのんでいないテラスの手すりだった。
時刻はちょいと早い夜の十一時半。
おれがゆっくりとテラスに近づいていくと、あたたかそうな白いダウンコートを着た女が、花束をおくところだった。
かがみこむのがしんどそうで、女が妊娠ているのがわかった。
それも産み月に近いほど腹がせりだしている。
この女も上野のチームのOGなのだろうか。
女は長い間手をあわせて立ち尽くしていた。
おれはうしろからそっと声をかけた。
「アンタもトシさんの知り合いなのか」
女はその場に飛び上がりそうな勢いで振り向いた。
年は二十代なかば。
どこかのチームにいたというより、丸の内でOLをやっていたという感じの上品な女だ。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。ただ最近そこでなくなったトシさんについて取材しているものだから」
女はぺこりと俺にまで頭を下げる。
「あまりよくは知らないんです。トシヒロさんてどういう人だったんですか」
そういわれて困るのは俺のほうだった。
おれはまだトシヒロを直接知る人間とは、あのオヤジ以外ほとんど口をきいていなかった。
「上野のチームのみんなには慕われていたようだけど、おれもまだよくわからないんだ」
そうですかと口のなかでつぶやいて、女はマルイのほうに歩いていってしまった。
おれはひとつだけ残された花束を見下ろした。
今の女は上野のヘッドと同じくらいの年だったから、昔ちょっと付き合ったことがあったのかもしれないと思った。
やはり誰かが死んだ場所というのは特別な場所で、いろいろな人間を引き寄せるのだろう。
西口公園でおれが死んだら、いったい誰が花束をもってきてくれるのだろうか。
タカシとケンジはきっとでかい花束をもってくるにきまっているが、その先何人考えても上品な女なんてひとりも浮かんでこなかった。
くそ、今死ぬのは絶対に損だ。