ー特別編ーワルツ・フォー・ベビー
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「一時間もこんなところに座ってると尻が凍りつくな。悠さんとかいったな、アンタのうちはどこだ。俺のクルマで送ってやるよ。」
オヤジはさっさとガードレールを越えて、ハザードをつけたままのタクシーにむかった。
俺はあわてていった。
「俺んち、池袋じゃないんだ。クルマなんていいよ。」
南条は振り向かずにいった。
「近くじゃないなら尚更乗っていけ。一曲聞かせてやるから。」
後部座席で俺が渡されたのは黒いファイルだった。
なかをひらくとホルダーにCDのリーフレットがきちんと納まっている。
四十年代のスイングジャズから最新録音の北欧ものまで、ざっと四、五十枚。
南条は運転席から俺のほうを振り返り、にっと笑った。
「ジャズタクシーってきいたことないか。このクルマのトランクには真空管式のパワーアンプと二十連奏のCDプレーヤーが二台積んである。好きなやつを選んでくれ。今夜のドライブのBGMだ。こいつは個人だから好きなように改造できる。」
クラシックと違って俺はジャズにはあまり詳しくない。
ジャケット写真の夜明けの急行列車にひかれて、俺は一枚のCDを指差した。
「オスカー・ピーターソン・トリオの『ナイト・トレイン』だな。アンタ、若いのになかなかいい趣味してるじゃないか。」
オヤジは慣れた手つきでCDを選曲した。
ゆったりしたフォービートが車内を満たす。
タクシーはそっと動きだし、流れるように劇場通りにもどった。
真空管をつかっているせいか、力はあるがどこにもとげやきつさを感じさせないやわらかな音だった。
オスカー・ピーターソンのサラミのような指が押す白鍵からも、実際こんな厚ぼったい響きがしたのだろうと俺は思った。
見飽きた池袋西口の光景がでたらめにソフィスティケートされ、独立派のニューヨーク映画のように窓の外をクールに流れていった。
マンハッタンの一角にそびえるマルイと芳林堂と東武デパート。
この街にも同じようにストリートギャングと娼婦がいて、俺のような名前のない誰かがいる。
そのうちのひとりが、トシヒロを殺したのだと思って俺の気分は沈んだ。
だが、当然ながら街というのは恋や仕事にハッスルするだけでなく、誰かが死ぬ場所でもある。
俺は西口ロータリーの隅に飾ってあった真新しい花束が目にはいらないように目を閉じて、背もたれに身体をあずけた。
今はこの厚ぼったいBGMに酔いしれていたいしな…。
オヤジはさっさとガードレールを越えて、ハザードをつけたままのタクシーにむかった。
俺はあわてていった。
「俺んち、池袋じゃないんだ。クルマなんていいよ。」
南条は振り向かずにいった。
「近くじゃないなら尚更乗っていけ。一曲聞かせてやるから。」
後部座席で俺が渡されたのは黒いファイルだった。
なかをひらくとホルダーにCDのリーフレットがきちんと納まっている。
四十年代のスイングジャズから最新録音の北欧ものまで、ざっと四、五十枚。
南条は運転席から俺のほうを振り返り、にっと笑った。
「ジャズタクシーってきいたことないか。このクルマのトランクには真空管式のパワーアンプと二十連奏のCDプレーヤーが二台積んである。好きなやつを選んでくれ。今夜のドライブのBGMだ。こいつは個人だから好きなように改造できる。」
クラシックと違って俺はジャズにはあまり詳しくない。
ジャケット写真の夜明けの急行列車にひかれて、俺は一枚のCDを指差した。
「オスカー・ピーターソン・トリオの『ナイト・トレイン』だな。アンタ、若いのになかなかいい趣味してるじゃないか。」
オヤジは慣れた手つきでCDを選曲した。
ゆったりしたフォービートが車内を満たす。
タクシーはそっと動きだし、流れるように劇場通りにもどった。
真空管をつかっているせいか、力はあるがどこにもとげやきつさを感じさせないやわらかな音だった。
オスカー・ピーターソンのサラミのような指が押す白鍵からも、実際こんな厚ぼったい響きがしたのだろうと俺は思った。
見飽きた池袋西口の光景がでたらめにソフィスティケートされ、独立派のニューヨーク映画のように窓の外をクールに流れていった。
マンハッタンの一角にそびえるマルイと芳林堂と東武デパート。
この街にも同じようにストリートギャングと娼婦がいて、俺のような名前のない誰かがいる。
そのうちのひとりが、トシヒロを殺したのだと思って俺の気分は沈んだ。
だが、当然ながら街というのは恋や仕事にハッスルするだけでなく、誰かが死ぬ場所でもある。
俺は西口ロータリーの隅に飾ってあった真新しい花束が目にはいらないように目を閉じて、背もたれに身体をあずけた。
今はこの厚ぼったいBGMに酔いしれていたいしな…。