ー特別編ーワルツ・フォー・ベビー
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「うちのトシは上野のアメ横ではちょいと鳴らした顔だった。今でいうストリートギャングか、ああいうのの頭だったんだ。」
アメ横のギャングか。
あの街には伝統的に日本人のガキにまぎれて在日や東南アジアのたくさんのグループがある。
運の悪い息子は真夜中にひとり、ショバ違いの池袋で何をしていたのだろうか。
オヤジは缶コーヒーをあけると、飲み口をロウソクのほうにむけてテラスにおいてやった。
「トシがつきあっていた女の子がいて、その人の部屋からコンビニに買い物に行く途中だった。晴美さんはトシの子をお腹にかかえていてな。なにか足りないものでもあったんだろう。」
俺はなにも返せずにいた。芸術劇場裏のあたりまでくると通行人はほとんどなかった。
行き止まりの劇場通りを走るクルマもめったにない。俺たちが座るテラスの近くにハザードを点滅させたタクシーが一台止まっているだけだ。
「何があったのかは誰にもわからない。ただ乗務中に呼び出されて要町の救急病院にいったら、そこでトシは冷たくなっていた。頭蓋骨のなかにでかい血の固まりができて、そいつをとるために手術をしようとしたが間に合わなかったそうだ。」
俺は細くため息をついた。
「晴美さんだっけ、お腹の子は元気に生まれたのか」
オヤジは初めて俺のほうに顔をむけた。
涙目の笑顔が胸にこたえた。
タバコで黄ばんだ前歯が見える。
「ああ、明洋もじき小学生だ。晴美さんは別な男と結婚したが、その人も孫を可愛がってくれている」
ひと気のないテラスを眺めた。
なにごとも無かったように静かだ。
俺は五年前の事件をようやく思い出した。
ひと月ほど話題になったが、死んだのが地元の人間ではなく犯人もわからなかったから、すぐに立ち消えになってしまった事件だった。
タバコに火をつけて缶コーヒーのうえにのせてやったオヤジにいう。
「息子さんはこの場所で倒れていたんだ。」
「そうだ。血の気の多いやつだったから、チンピラとでももみあいになって、頭をこのあたりの……」
そこで言葉を切ると、オヤジは孫の頭でもなでるようにテラスの白い大理石にそっと手をおいた。
「……敷石にでも打ったんだろう。そうでなきゃあの辺の階段の角かなあ」
俺は目をそらして揺れる灯を見ていた。
残り十センチほどになったロウソクは風に踊りながらなんとか燃え続けていた。
オヤジが思いついたようにいった。
「そうだ。アンタはこの街の人間だろう。ギャングやチンピラに顔見知りはいないか。それとなく五年前の話を聞いてみてほしいんだが」
池袋のストリートギャングなら、俺が知らない顔はなかった。
これも缶コーヒーをおごったついでか。
「いいよ。ちょいと話を聞いてみるよ、南条さん」
俺はそこで初めて自己紹介をして立ち上がった。
南条もその場を立つと、腰に両手をあてて背伸びした。
アメ横のギャングか。
あの街には伝統的に日本人のガキにまぎれて在日や東南アジアのたくさんのグループがある。
運の悪い息子は真夜中にひとり、ショバ違いの池袋で何をしていたのだろうか。
オヤジは缶コーヒーをあけると、飲み口をロウソクのほうにむけてテラスにおいてやった。
「トシがつきあっていた女の子がいて、その人の部屋からコンビニに買い物に行く途中だった。晴美さんはトシの子をお腹にかかえていてな。なにか足りないものでもあったんだろう。」
俺はなにも返せずにいた。芸術劇場裏のあたりまでくると通行人はほとんどなかった。
行き止まりの劇場通りを走るクルマもめったにない。俺たちが座るテラスの近くにハザードを点滅させたタクシーが一台止まっているだけだ。
「何があったのかは誰にもわからない。ただ乗務中に呼び出されて要町の救急病院にいったら、そこでトシは冷たくなっていた。頭蓋骨のなかにでかい血の固まりができて、そいつをとるために手術をしようとしたが間に合わなかったそうだ。」
俺は細くため息をついた。
「晴美さんだっけ、お腹の子は元気に生まれたのか」
オヤジは初めて俺のほうに顔をむけた。
涙目の笑顔が胸にこたえた。
タバコで黄ばんだ前歯が見える。
「ああ、明洋もじき小学生だ。晴美さんは別な男と結婚したが、その人も孫を可愛がってくれている」
ひと気のないテラスを眺めた。
なにごとも無かったように静かだ。
俺は五年前の事件をようやく思い出した。
ひと月ほど話題になったが、死んだのが地元の人間ではなく犯人もわからなかったから、すぐに立ち消えになってしまった事件だった。
タバコに火をつけて缶コーヒーのうえにのせてやったオヤジにいう。
「息子さんはこの場所で倒れていたんだ。」
「そうだ。血の気の多いやつだったから、チンピラとでももみあいになって、頭をこのあたりの……」
そこで言葉を切ると、オヤジは孫の頭でもなでるようにテラスの白い大理石にそっと手をおいた。
「……敷石にでも打ったんだろう。そうでなきゃあの辺の階段の角かなあ」
俺は目をそらして揺れる灯を見ていた。
残り十センチほどになったロウソクは風に踊りながらなんとか燃え続けていた。
オヤジが思いついたようにいった。
「そうだ。アンタはこの街の人間だろう。ギャングやチンピラに顔見知りはいないか。それとなく五年前の話を聞いてみてほしいんだが」
池袋のストリートギャングなら、俺が知らない顔はなかった。
これも缶コーヒーをおごったついでか。
「いいよ。ちょいと話を聞いてみるよ、南条さん」
俺はそこで初めて自己紹介をして立ち上がった。
南条もその場を立つと、腰に両手をあてて背伸びした。