通りを入ってしばらくすると、和龍軒の看板が歩道の上に見えた。

けど、おかしなことにいつもなら最低五、六にんは並んでいるはずの行列の姿がない。

「なぁ、悠…」

「ああ。変だな。」

不思議に思い。
俺たちはさらに一方通行の通りを奥にはいった。

ラーメン戦争そのものがなくなっているのだろうか。
しかし通りのむかいの二天はしっかり十数人の行列ができている。

俺たちはは通りに戻って、店ののれんをくぐった。



ｰ和龍軒ｰ

「ちわっ。」「どうも」

カウンター席が一列に十二ならぶシンプルな作りの店内で、中ほどのスツールに腰かけた西のガキの王様と東の指揮者のボスがいる。

「来たか座れ。」

「どうも、悠さん。それと…中山ともきくんでしたよね。どうぞ、掛けてください。」

俺は崇の隣に座る。

「お前らもきづいたか。」

ほんのひと月まえの盛況を知っていれば、誰でもわかることだった。

俺はうなずいた。

「ああ。」

「行列がきれいにきえてるな。」

俺は寸銅でグツグツと煮え立つスープを見ながらいった。

「別に仕込みで手を抜いてるわけじゃないんだろ」

千夜がスッと目を細めて俺を見た。

「ああ、毎日ちゃんと東京シャモの丸鶏を七時間煮込んでる」

千夜はうんざりした表情で頭をかいた。

崇が俺とともきの間にノートパソコンを滑らせた。

「開いて見ろ。」

俺はかなりいい匂いのするスープを見ていると、ともきがパソコンを開いた。

液晶画面に浮かぶのはどこかのラーメンサイトのスレッドだった。

延々と続く横書きの文章のなかに、その悪口がぱらぱらと散っていた。

[池袋東口･和龍軒のスープには科学調味料が、舌がしびれるくらいどっさりはいってる]

[和龍のトリガラは鶏ペストで死んだ病気の鶏だ]

[最近池袋では夜になると金もちの飼い犬が消えるそうだ。和龍軒の硬い角煮ははもしかして、セントバーナード？]

[和龍軒の店員は前科もちのストリートギャング。あそこは池袋初のぼったくりラーメン屋だって噂]

[和龍は逝ってよし！！]

俺は千夜を見た。
かなりイラついているようだ。
氷室さんがいった。

「ひどいでしょう。ホームページの管理人にいって削除させていますが、残念ながらソイツは名前を変えて何度もしつこく書き込みをしています。いたちごっこですよ。」

俺がいった。

「けど、この店では味の素なんかつかってないんだろう」

千夜はさっきよりも冷ややかに俺を見ていった。

「うちのは昔風の東京ラーメンなんだぞ。もちろん使ってる…ちょっと待て。」

千夜はあたためたどんぶりにタレをいれ、湯気を天井まであげながらだしをタップリ注いだ。

俺とともきの前にどんぶりを置く。

「ちょっとのんでみろ」

俺は透明な脂の水玉模様が浮かぶスープを一口すすった。

「どうだ。」

「いや、別にうまいけど」

「あぁ、美味しいよ。」

「そうか、じゃあ、どんぶり貸してみろ」

やつは俺達のまえからどんぶりを引き上げると、カウンターの上段にのせた。

アルミニウムのバットから調味料の白い結晶をつまむ。