ー特別編ーWORLD・THE・Link【前】
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順番の先頭になると俺は和龍軒の赤色ののれんのまえで携帯をとる振りをして行列を離れた。
近くの本屋で雑誌を立ち読みして時間をつぶし、行列がすっかり入れ替わったころまた和龍軒にもどる。
その夜三回おれは行列にならんだ。
血の固まりのこびりついたトリガラを撒くやつも、メガホンもって和龍の悪口を叫ぶやつもいなかった。
残念ながら空振り。
初日なのでぜんぜんがっかりはしなかった。
明日もまたこの店のまかない飯がくえる。
それだけでもぐっとやる気がでるというものだ。
その夜の深夜、おれは自分の部屋から和辰君に電話した。
背景には音量を絞ったピアノ曲が流れている。
昨日の昼間悠が口笛で吹いてたやつ。
ジョン・ケージの『プリペアド・ピアノのためのソナタとインタールード』だ。プリペアド・ピアノというのは、弦にゴムやボルトやスクリューなんかをはさんだおかしなピアノ。
音はおもちゃのピアノのようでもあるし、オルゴールや古代の堅琴のようでもある。
素朴で清らかな音なのだが、どこか響きが抑制されて窮屈そうだ。
おれはその音があずみの飛び切りの素直さと重なるように感じられた。
『もしもし…』
「あぁ、和辰君。俺、ともきだ。」
携帯の向こうで和辰君は一息ついていたのか、普段より柔らかな調子だった。
『中山か、なんだ。店じゃすまない話なのか。』
電話なのだが声を潜めてしまう。
「あずみは帰ったのか」
『あ?あぁ。』
「あずみはどんなふうに和龍軒で雇うことにしたんだ」
和辰君はむきになったようだった。
『なんだ、あずみが何かからんでるのか。』
「違うと思うけど、気になることがある」
和辰君はイラついたようだった。
『なんなんだ、中山。いいたいことがあるなら、はっきりいえ!』
おれは人ひとりがやっととおれるくらいの薄暗い家と家のすきまで、必死に菓子を口に押し込むあずみを思い出した。
あのおびえた目とリスのように動くあご。
「…悪いけどまだはっきりしてないから、雇い主の和辰君にはいえない。今後彼女に不利になるかも知れないだろ。」
和辰君はため息をついてから、わかったといった。
何か飲んだようだ。喉をならしている。
『……あの女はオフクロが入院するまえに店先に張っておいた求人広告を見て応募しときた。うちの予算じゃ情報誌になんかだせねぇしな。』
「家族は」
『東京にはいないらしい。履歴書見ただけだが、西巣鴨でひとり暮らしをしてるみたいだ。うちまでは都電荒川線でかよってる』
「そうか………家族はいなくて、ひとり暮らしなのか」
おれはいいにくいことをいった。
「和龍のだしてる給料じゃ、ひとり暮らしはきついよな」
和辰君はまたため息をつく。
『そうだろうな。うちもまだ借金がだいぶ残ってるし…俺の学費やなんやらもある。いい給料はやれねぇ…』
おれはわかったといって、電話を切ろうとした。
近くの本屋で雑誌を立ち読みして時間をつぶし、行列がすっかり入れ替わったころまた和龍軒にもどる。
その夜三回おれは行列にならんだ。
血の固まりのこびりついたトリガラを撒くやつも、メガホンもって和龍の悪口を叫ぶやつもいなかった。
残念ながら空振り。
初日なのでぜんぜんがっかりはしなかった。
明日もまたこの店のまかない飯がくえる。
それだけでもぐっとやる気がでるというものだ。
その夜の深夜、おれは自分の部屋から和辰君に電話した。
背景には音量を絞ったピアノ曲が流れている。
昨日の昼間悠が口笛で吹いてたやつ。
ジョン・ケージの『プリペアド・ピアノのためのソナタとインタールード』だ。プリペアド・ピアノというのは、弦にゴムやボルトやスクリューなんかをはさんだおかしなピアノ。
音はおもちゃのピアノのようでもあるし、オルゴールや古代の堅琴のようでもある。
素朴で清らかな音なのだが、どこか響きが抑制されて窮屈そうだ。
おれはその音があずみの飛び切りの素直さと重なるように感じられた。
『もしもし…』
「あぁ、和辰君。俺、ともきだ。」
携帯の向こうで和辰君は一息ついていたのか、普段より柔らかな調子だった。
『中山か、なんだ。店じゃすまない話なのか。』
電話なのだが声を潜めてしまう。
「あずみは帰ったのか」
『あ?あぁ。』
「あずみはどんなふうに和龍軒で雇うことにしたんだ」
和辰君はむきになったようだった。
『なんだ、あずみが何かからんでるのか。』
「違うと思うけど、気になることがある」
和辰君はイラついたようだった。
『なんなんだ、中山。いいたいことがあるなら、はっきりいえ!』
おれは人ひとりがやっととおれるくらいの薄暗い家と家のすきまで、必死に菓子を口に押し込むあずみを思い出した。
あのおびえた目とリスのように動くあご。
「…悪いけどまだはっきりしてないから、雇い主の和辰君にはいえない。今後彼女に不利になるかも知れないだろ。」
和辰君はため息をついてから、わかったといった。
何か飲んだようだ。喉をならしている。
『……あの女はオフクロが入院するまえに店先に張っておいた求人広告を見て応募しときた。うちの予算じゃ情報誌になんかだせねぇしな。』
「家族は」
『東京にはいないらしい。履歴書見ただけだが、西巣鴨でひとり暮らしをしてるみたいだ。うちまでは都電荒川線でかよってる』
「そうか………家族はいなくて、ひとり暮らしなのか」
おれはいいにくいことをいった。
「和龍のだしてる給料じゃ、ひとり暮らしはきついよな」
和辰君はまたため息をつく。
『そうだろうな。うちもまだ借金がだいぶ残ってるし…俺の学費やなんやらもある。いい給料はやれねぇ…』
おれはわかったといって、電話を切ろうとした。