ー特別編ーブラフ・テレフォン
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メルセデスはゆっくりと春の池袋を流した。
「いつも悪いな、タカシ」
タカシは窓の外に目をやったままいう。
「いいや、悠はうちの上客だ。今度もスムーズないい仕事だった」
ヨウジが振り込め詐欺でためこんだ金の一部が、Sウルフへの報酬だった。
「今回はこんなところでいいよな」
タカシは冷たく笑って、ゆっくりとうなずいた。
「ああ。とくに浅川の始末を部下のやつらに任せたところは、なかなかクールだった。うちのメンバーにやらせるのは、気がすすまないからな。あれは、つまらない男だ。」
RVは西口五差路の信号をすぎた。
通りの端に植わったソメイヨシノの枝に、びっしりと細かなつぼみがとまっている。
春は間もなく本番だ。
「そろそろ花見の季節だにゃ。ケンジが是非タカシと花見をしたいってさ」
まんざらでも無さそうにタカシはいう。
「ふーん。考えとく」
果物屋のまえを、メルセデスが通過した。
リッカがワンパック五百円のビワや一袋二百八十円のミカンを売っている。
電話一本で数百万を振り込ませるよりも、頭をさげてこつこつ稼ぐ。
なあ、仕事って、そういうもんだよな。
数日後、俺は西口公園にいた。
あたたかい湯につかるように、春の日ざしに座る。
金属製のパイプベンチさえ、ヒーターみたいに暑い昼下がり。
俺は薄手のなが袖Tシャツと軍パンだった。
俺のとなりには、ようやく出歩けるようになったヨウジがいる。
やつのわきには松葉杖がおいてあった。
「悠、どうもありがとう」
依頼人から礼をいわれるのは慣れているが、何度繰り返しても気分のよさは変わらなかった。
やはりただの人助けで、金もうけじゃないところがいいんだろうな。
「いいよ。それより浅川はどうなった。」
ヨウジはかすかに笑っていう。
「おれと同じになったみたい。でも、専務の古田はかなりやばいやつで、特殊警棒で浅川の足の指を全部折ったって」
ゾッとする話だ。
いっしょに仕事をする人間はよく選ばないといけない。
「それで、ほかの社員は」
ヨウジは肩をすくめた。
「なんにも変わりないよ。みんな、バラバラに散っただけ。別な振り込め詐欺の会社に再就職だから」
「そうか」
そんなところしかないのだろう。
不景気の日本で、やつらができる仕事は限られている。
正社員の口は数少ないし、やつらがきつい仕事で頑張れるとも思えなかった。
いつか塀の向こう側に落ちるまで、振り込め詐欺のメリーゴーランドを続けるのだろう。
「で、ヨウジはどうすんの」
「おれは……」
電話男は頭上に張り出したケヤキの枝先を見上げた。新緑の葉のむこうには、瑞々しさでは負けない春の空。
「電話でできる営業職でも、探してみようかな。テレフォンアポインターとか」
俺はやつの横顔をちらりと見た。
「それがいい。だって、お前は電話なら、ものすごく才能あるもんな」
ヨウジはニヤリと笑って、声を変えた。
「本部長の岩瀬だ。そこにいる浅川ってガキは好きにしていい」
ケンジに携帯電話をかけたとき、横に控えていたのは、本物の岩瀬ではなかった。
本職に仕事を頼むとなにかと面倒だし、ヨウジにも報復の機会を与えてやりたかったのだ。
俺たちはベンチでハイタッチをした。
「見事に会社のやつらもだまされたよな。ヨウジは電話でなら、なんでもできるんだから、きっと新しい仕事もうまくいくさ。お前なら、電話一本でどんなものでも売れると思う。」
人の才能なんて、わからないものだった。
ヨウジのように新しいメディアをとおしてでなければ効力を発揮しない変わった才能もあるのだ。
俺は何百万人かのNEETやフリーターを考えてみる。
そいつらにもそれぞれ、なにか自分の道が見つかるといいなと思った。
「悠、今日はこれからどうするの」
俺は約束を果たさなくちゃならなかった。
「これから花見の場所とりだ」
「へえ、なんだか楽しそうだな」
俺はベンチを立ち上がり、尻をはたいた。
「よかったら、お前もくるか。どうせ、夜までひとりで退屈なんだ」
「いくいく」
今年の花見は男四人だけになりそうだった。
まあ、女がいないというのも、それほど悪くはないものだ。
ヨウジと俺はやわらかに肌をすべる春風のなか、サクラ並木のある立教通りにむかった。
西口公園をでるまでに五分近くかかったが、松葉杖といっしょに歩くといろいろなものが見えてくる。
なあ、アンタもたまには、春の公園を昆虫の速さくらいで歩いてみるといいよ。
日に焼けた石畳の一枚一枚に別な表情があるんだときっとわかるだろう。
自宅に一番近い公園をゆっくりと散歩する。
そいつはいつだって、ちょっとした大冒険なのだ。
ーブラフ・テレフォン・完ー
「いつも悪いな、タカシ」
タカシは窓の外に目をやったままいう。
「いいや、悠はうちの上客だ。今度もスムーズないい仕事だった」
ヨウジが振り込め詐欺でためこんだ金の一部が、Sウルフへの報酬だった。
「今回はこんなところでいいよな」
タカシは冷たく笑って、ゆっくりとうなずいた。
「ああ。とくに浅川の始末を部下のやつらに任せたところは、なかなかクールだった。うちのメンバーにやらせるのは、気がすすまないからな。あれは、つまらない男だ。」
RVは西口五差路の信号をすぎた。
通りの端に植わったソメイヨシノの枝に、びっしりと細かなつぼみがとまっている。
春は間もなく本番だ。
「そろそろ花見の季節だにゃ。ケンジが是非タカシと花見をしたいってさ」
まんざらでも無さそうにタカシはいう。
「ふーん。考えとく」
果物屋のまえを、メルセデスが通過した。
リッカがワンパック五百円のビワや一袋二百八十円のミカンを売っている。
電話一本で数百万を振り込ませるよりも、頭をさげてこつこつ稼ぐ。
なあ、仕事って、そういうもんだよな。
数日後、俺は西口公園にいた。
あたたかい湯につかるように、春の日ざしに座る。
金属製のパイプベンチさえ、ヒーターみたいに暑い昼下がり。
俺は薄手のなが袖Tシャツと軍パンだった。
俺のとなりには、ようやく出歩けるようになったヨウジがいる。
やつのわきには松葉杖がおいてあった。
「悠、どうもありがとう」
依頼人から礼をいわれるのは慣れているが、何度繰り返しても気分のよさは変わらなかった。
やはりただの人助けで、金もうけじゃないところがいいんだろうな。
「いいよ。それより浅川はどうなった。」
ヨウジはかすかに笑っていう。
「おれと同じになったみたい。でも、専務の古田はかなりやばいやつで、特殊警棒で浅川の足の指を全部折ったって」
ゾッとする話だ。
いっしょに仕事をする人間はよく選ばないといけない。
「それで、ほかの社員は」
ヨウジは肩をすくめた。
「なんにも変わりないよ。みんな、バラバラに散っただけ。別な振り込め詐欺の会社に再就職だから」
「そうか」
そんなところしかないのだろう。
不景気の日本で、やつらができる仕事は限られている。
正社員の口は数少ないし、やつらがきつい仕事で頑張れるとも思えなかった。
いつか塀の向こう側に落ちるまで、振り込め詐欺のメリーゴーランドを続けるのだろう。
「で、ヨウジはどうすんの」
「おれは……」
電話男は頭上に張り出したケヤキの枝先を見上げた。新緑の葉のむこうには、瑞々しさでは負けない春の空。
「電話でできる営業職でも、探してみようかな。テレフォンアポインターとか」
俺はやつの横顔をちらりと見た。
「それがいい。だって、お前は電話なら、ものすごく才能あるもんな」
ヨウジはニヤリと笑って、声を変えた。
「本部長の岩瀬だ。そこにいる浅川ってガキは好きにしていい」
ケンジに携帯電話をかけたとき、横に控えていたのは、本物の岩瀬ではなかった。
本職に仕事を頼むとなにかと面倒だし、ヨウジにも報復の機会を与えてやりたかったのだ。
俺たちはベンチでハイタッチをした。
「見事に会社のやつらもだまされたよな。ヨウジは電話でなら、なんでもできるんだから、きっと新しい仕事もうまくいくさ。お前なら、電話一本でどんなものでも売れると思う。」
人の才能なんて、わからないものだった。
ヨウジのように新しいメディアをとおしてでなければ効力を発揮しない変わった才能もあるのだ。
俺は何百万人かのNEETやフリーターを考えてみる。
そいつらにもそれぞれ、なにか自分の道が見つかるといいなと思った。
「悠、今日はこれからどうするの」
俺は約束を果たさなくちゃならなかった。
「これから花見の場所とりだ」
「へえ、なんだか楽しそうだな」
俺はベンチを立ち上がり、尻をはたいた。
「よかったら、お前もくるか。どうせ、夜までひとりで退屈なんだ」
「いくいく」
今年の花見は男四人だけになりそうだった。
まあ、女がいないというのも、それほど悪くはないものだ。
ヨウジと俺はやわらかに肌をすべる春風のなか、サクラ並木のある立教通りにむかった。
西口公園をでるまでに五分近くかかったが、松葉杖といっしょに歩くといろいろなものが見えてくる。
なあ、アンタもたまには、春の公園を昆虫の速さくらいで歩いてみるといいよ。
日に焼けた石畳の一枚一枚に別な表情があるんだときっとわかるだろう。
自宅に一番近い公園をゆっくりと散歩する。
そいつはいつだって、ちょっとした大冒険なのだ。
ーブラフ・テレフォン・完ー