再びメールの着信音がする。

＞無記名績の件は本気だ。＞さっさと準備しておくように。
＞ハッキングなら無駄だぞ。
＞そちらの手のいちはわかってる
＞カズフミの健康状態は良好だ。
＞あと何日かかるかわからないが、
＞心配はいらない。
＞また明日この時間にメールする。

俺は最後のメールを読むと、ノートパソコンを向こう側にむけてやった。

どうにも打つ手がない。
俺たちよりも、誘拐犯のほうが一枚も二枚も上手なのだ。

空に一番近い場所に居たって、人間には到底手が出せない相手がいる。

俺はとんでもない富にかこまれながら、人間の無力さについて考えていた。
まあ、そいつは普段からなれてることなんだけどにゃ。

帰りもまたあの超高級車だった。
家よりも高いクルマというのは、どうも居心地が悪かった。

通りを歩く男たちはなにかを畏怖するような視線で、俺ののるクルマを見ていたが、誰も俺を見たものはいなかった。

富は人を孤独にする。
それで桂リライアンスの社長がアルパチーノに似てる理由がわかった気がした。

誰からも恐れられていると、しまいには恐ろしい人物になってしまうのだ。

高級車のなかで、俺が考えていたことがもうひとつあった。

なぜ、庶民的な三千万から、雲のうえの三億に身代金はつりあがったのか。

なぜ、現金のはいったバックから、無記名債に替わったのか。

なぜ、足のつかない携帯電話から、ハッキングの危険性があるパソコンになったのか。

それに…なぜ、この俺が交渉人なのか。

まるでわからないことだらけで、気がつけば俺はバロンが番をしているうちの玄関の前に立っていた。

真桜の晩飯をすっぽかして出てきた、きっと敵の怒りは頂点に達していることだろう。









つぎの朝は爽快な気分で目覚めた。

久しぶりに頭をフル回転させる仕事がやって来たのだ。
まだわからないことだらけだが、頭を空っぽにしたまま一日授業を聞くよりはチャレンジングなスタートである。

俺はさっそく、キング･タカシに電話をいれた。
冗談をいうのも面倒なので、やつが出ると即座にいった。

「お前のせいで、面倒なことになった。俺が昨日の夜、どこにいたと思う。」

王は冷たくふくみ笑いをしていった。

『ミッドシティの最上階』

俺は心底びっくりした。
こいつはもしかしたら、禅を超えるハッカーかもしれない。

「何で知ってるんだ。」

タカシは鼻を鳴らしていった。

『スペリア警備保障だよ。事件はミッドシティじゃなく、池袋のストリートで起きている。この街で人海戦術をつかうなら、Sウルフに優るものはない。昨日の夜中に正式な依頼があってな、今では俺とお前は同じサイドで誘拐犯を追ってるのさ。』

「わかった。じゃあ、ちょっと力を貸してくれ。ブラザー。」

キングは乗り気なようだった。

『いっしょに動くのは久しぶりだな。なにが必要だ。直属のチームをいくつか、お前に貸してやろうか。』

おれには自分の手足があった。
手足のように動く人間など必要だったことはない。