「ここからは簡単でいいだろう。うちの身内の恥だからな。」

角田は上着の内ポケットから、携帯電話を抜いた。
誰かに電話して一言いうと、すぐにきる。

「跳ねあがりの若手がいてな、そいつが派手な動きをして、尾行に気づかれた。犯人は三人だったが、やつらは金と発信器のはいったバックを投げ捨てて、地下にもぐった」

池袋駅周辺の地下通路は、なれていない人間には迷路のようなものだ。

「アンタ達は何人で張っていた」

「七十人態勢だった」

「そのうち、この街に詳しいやつは？」

角田は太い首を横に振った。

「数人はいたのだろうが、わたしにはわからない」

「そうだったのか」

俺とSウルフが組んでいれば、どこまでもやつらを追い詰めていけただろう。

どんなプロでも地理に詳しいゲリラにはやられることがある。

「ということは、誘拐犯はこの街に土地勘があるやつだよな。わかった、明日から手伝わせてもらうよ。」
俺は家に戻ろうとした。
そろそろ夕飯の支度をしたほうがいいだろう。

すると、うちの目の前にとんでもなくでかいクジラのような黒塗りのクルマがとまった。

マイバッハはメルセデスの上級ブランド。
全長は六メートルくらい、値段は格差社会も驚く四千万以上。

角田は気の毒そうにいう。

「そうはいかないんだ。社長がお待ちかねなんでね。小鳥遊君、ミッドシティまで顔を貸してくれないか。」






冷蔵庫とデスクとパソコンのついた車に俺は生まれてはじめて乗った。

後部座席でもゆとりで俺の長い脚を組むことができる。

自動車というよりは、動く書斎のようだった。
車内は革と木で囲まれている。

俺の部屋よりも、なんだかよく勉強できそうな雰囲気。

だが、せっかくの雲の上のドライブも、長くは続かなかった。

黒いクジラは池袋ミッドシティのビジネス棟の地下駐車場に飲み込まれていく。二重にチェック機構のついたエレベーターで、一気に最上階にあがる。


俺は耳の痛みを消すために、二度つばをのんだ。

開いた扉の先には、ふかふかのカーペットがしきこまれたホールが広がっていた。

モダンなシャンデリアと一辺が二メートルもある抽象絵画。

俺と同じくらいその場に似合わない角田がいった。

「こちらが社長室だ。来てくれ。」

廊下の角を二回曲がったら、自分がどこにいるのかわからなくなった。

ノックしたドアを開けて、角田がおれを先にとおしてくれた。
正面に広がるのは東京の夜景。

誰もが自分を成功者だと勘違いしてしまう百万の街の灯が足元に広がっている。

部屋の中央のソファセットには地図をとりまくように六人の男が座っていた。