ー特別編ーブラックアウトの夜
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「それは今週中?」
『イエス』
生活安全課は金曜の夜と土曜日の午後なら、きっと客も従業員も多い土曜日を狙うわね。
チャンスは明日の夜しかなかった。
あたしは数年来の腐れ縁刑事にいった。
「ありがとう、佐伯さん。今度うちの店によってね♪お土産にマスクメロンを用意しとくから。」
佐伯は鼻で笑っていった。
『お前を賄賂の罪で逮捕する。うまくやれよ、その子を守ってやれ。』
もう一度ありがとうといって、電話を切った。
浮気性で、軟派で、体力バカの万年平刑事だって、いいやつはいいやつだった。
母と店番を代わってあたしは歩いて池袋の東口にいった。
キンカ堂は手芸の材料なんかが山のようにそろった専門店。
前を通ったことはあったけど、中に入ったことはなかった。
レジにいた紺の制服の女に聞いた。
「布を売ってるところって、どこかな」
身長はあたしより二十センチは低そうだけど、体重はあまり変わりそうもない店員があたしを布のロールが壁一面に積まれた生地のコーナーまで案内してくれた。
面倒だったし、感じのいい店員さんだったので、つい頼んでしまう。
「黒いベルベットの布を二メートル分」
大きな裁ち鋏が音もなく布を二つに分けた。
あたしは折り畳んだ、暗闇をさげて、混雑したレジにむかった。
ミシンに触ったのは中学の家庭科の時間以来だった。
店を閉めた夜中、あたしが台所のテーブルで悪戦苦闘していると、お風呂あがりの母が顔をのぞかせた。
「なんだ、ブーツでも入れる袋をつくってるのかい」
あたしが適当に縫い合わせている袋は確かにそんな大きさだった。
スニーカーを入れるにはちょっと大きいけど、ロングブーツには小さい。
あたしは突然速度を変えるミシンに手を焼きながらいった。
「そんなところかな。今夜中にコレをつくらなきゃいけないの」
母はじっとあたしの目を見た。
「よくわかんないけど、この袋はあのビルマの男の子の役に立つのかい」
あたしがうなずくと母はあたしの背中を押した。
「代わんなよ。リッカが風呂に入ってるあいだに仕上げといてやる。あたしはこう見えても女学校時代、手芸は上手だったんだ。」
母のいうとおりだった。
三十分後あたしがお風呂からあがると、見事な黒い袋が出来ていた。
口のところはパイプ状に縫ってあり、共布のベルトが通してある。
あたしは濡れた髪の上から黒いフードをかぶった。
識目の密なコットンベルベットは光をまったくとおさない。
完全な暗闇があたしの頭を取り巻いていた。
と、同時に悠くんのいったことを思い出した。
『いいか?そのラワディって奴は何度も拷問を耐え抜いた。つまり、足や腕の一本を折ったところじゃ通用しない。なら、身体の痛みじゃなく。心を痛め付けるんだ。』
『どうやって?』
『多分、そのラワディも平然を装っているが、拷問のトラウマが心の底を傷つけて残ってるはず。ならそのトラウマを蘇らせればいい……。黒いフードを頭にすっぽりと被せてやってな。』
袋をかぶったまま母にいった。
「これはいいね。助かったよ」
母はミシンを片付けながら、ため息をついた。
「リッカ、おまえ、本当に頭がおかしくなったんじゃないだろうね。」
こんな形の罰を実行するなんて、あたしは本当におかしいのかも知れないと思った。
単純な暴力と死ぬほどの精神的恐怖とは、どちらが悪いのかしら。
あたしには簡単に答えることができない質問だった。
『イエス』
生活安全課は金曜の夜と土曜日の午後なら、きっと客も従業員も多い土曜日を狙うわね。
チャンスは明日の夜しかなかった。
あたしは数年来の腐れ縁刑事にいった。
「ありがとう、佐伯さん。今度うちの店によってね♪お土産にマスクメロンを用意しとくから。」
佐伯は鼻で笑っていった。
『お前を賄賂の罪で逮捕する。うまくやれよ、その子を守ってやれ。』
もう一度ありがとうといって、電話を切った。
浮気性で、軟派で、体力バカの万年平刑事だって、いいやつはいいやつだった。
母と店番を代わってあたしは歩いて池袋の東口にいった。
キンカ堂は手芸の材料なんかが山のようにそろった専門店。
前を通ったことはあったけど、中に入ったことはなかった。
レジにいた紺の制服の女に聞いた。
「布を売ってるところって、どこかな」
身長はあたしより二十センチは低そうだけど、体重はあまり変わりそうもない店員があたしを布のロールが壁一面に積まれた生地のコーナーまで案内してくれた。
面倒だったし、感じのいい店員さんだったので、つい頼んでしまう。
「黒いベルベットの布を二メートル分」
大きな裁ち鋏が音もなく布を二つに分けた。
あたしは折り畳んだ、暗闇をさげて、混雑したレジにむかった。
ミシンに触ったのは中学の家庭科の時間以来だった。
店を閉めた夜中、あたしが台所のテーブルで悪戦苦闘していると、お風呂あがりの母が顔をのぞかせた。
「なんだ、ブーツでも入れる袋をつくってるのかい」
あたしが適当に縫い合わせている袋は確かにそんな大きさだった。
スニーカーを入れるにはちょっと大きいけど、ロングブーツには小さい。
あたしは突然速度を変えるミシンに手を焼きながらいった。
「そんなところかな。今夜中にコレをつくらなきゃいけないの」
母はじっとあたしの目を見た。
「よくわかんないけど、この袋はあのビルマの男の子の役に立つのかい」
あたしがうなずくと母はあたしの背中を押した。
「代わんなよ。リッカが風呂に入ってるあいだに仕上げといてやる。あたしはこう見えても女学校時代、手芸は上手だったんだ。」
母のいうとおりだった。
三十分後あたしがお風呂からあがると、見事な黒い袋が出来ていた。
口のところはパイプ状に縫ってあり、共布のベルトが通してある。
あたしは濡れた髪の上から黒いフードをかぶった。
識目の密なコットンベルベットは光をまったくとおさない。
完全な暗闇があたしの頭を取り巻いていた。
と、同時に悠くんのいったことを思い出した。
『いいか?そのラワディって奴は何度も拷問を耐え抜いた。つまり、足や腕の一本を折ったところじゃ通用しない。なら、身体の痛みじゃなく。心を痛め付けるんだ。』
『どうやって?』
『多分、そのラワディも平然を装っているが、拷問のトラウマが心の底を傷つけて残ってるはず。ならそのトラウマを蘇らせればいい……。黒いフードを頭にすっぽりと被せてやってな。』
袋をかぶったまま母にいった。
「これはいいね。助かったよ」
母はミシンを片付けながら、ため息をついた。
「リッカ、おまえ、本当に頭がおかしくなったんじゃないだろうね。」
こんな形の罰を実行するなんて、あたしは本当におかしいのかも知れないと思った。
単純な暴力と死ぬほどの精神的恐怖とは、どちらが悪いのかしら。
あたしには簡単に答えることができない質問だった。