ー特別編ーブラックアウトの夜
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「バイクってなに?」
あたしの質問でサヤーの目の奥に火がついたのがわかった。
ビルマからきた十四歳の少年は怒りと興奮で目をキラキラと光らせていた。
「バイクはつま先立ちで立ってひざを曲げ、バイクにまたがるみたいな中腰の姿勢をずっとする拷問なんだ。いいといわれるまで何時間でも。倒れたら身体中をブーツで叩かれる。」
「…モデルは?」
「モデルはビルマ語でポウンサンていうんだけど、これも同じだよ。エビみたいに身体を曲げて座り、一晩中同じポーズを続ける。それができないと、鉄の道がまってる」
人間の想像力の残酷さに魅せられて、あたしはしびれたようになっていた。
鉄の道がなにか聞いてみる。サヤーは口をとがらせていった。
「バイクで立っていられなくなると、足を伸ばして座らされるんだ。脛のうえには錆びた鉄の棒がおいてある。ふたりがかりでその棒で脛をこするんだ。足首からひざの下まで何百回も。すぐに肌がやぶれて、骨が見えてくるんだって。」
趣味の悪いスプラッタ映画のような現実…。
あたしはひどく渇いた喉にラテを流した。
サヤーは続けた。
「そんな風に黒いフードをかぶった夜が何週間も続くんだ。食事は腐ったスープにもみがらつきの虫食いごはん。暗くなるたび顔の見えない誰かに責められるんだ。とおさんはいわれたんだって。」
「なんて?」
「ここは岩からでも水を絞りとる場所だって。とうさんは今でも真っ暗な部屋じゃ眠れないから、うちは夜も一晩中電気がついているんだ。」
あたしはさっきまでいた六畳ひと間のアパートの裸電球を思い出した。
あの部屋で家族五人明かりをつけたまま寝るのかしら。
サヤーはいった。
「ぼくはくやしいよ。とうさんは拷問の後遺症で、きちんとした仕事はできない。かあさんが働きにいってる池袋のタイレストランの稼ぎと、ぼくのアルバイトでなんとか食べていくのに精一杯だ。学校には半分しかいけないけど、ぼくは成績だってまあまあだし日本の高校にもいきたい。だけど、ダメなんだ。妹たちもいるし、とうさんもいるし。」
サヤーはじっと身体を硬くしているようだった。
隣の高校生カップルはメールを終えて、学校をサボリ東京ディズニーランドに遊びにいく計画を話し始めた。
中学の制服を着た少年はいった。
「夜寝ていて、とうさんの叫び声で目を覚ますことがある。ごめんなさい、ごめんなさい、そういって泣くんだ。とうさんの泣いているのを寝たふりして聞いているのは、すごく辛いよ。安全な日本にきても、とうさんは毎週黒いフードの夢を見るんだ。そういわれたら、ぼくだってあの仕事をやめるわけにはいかない。ぼくはいいんだ、家族で逃げた国境の村で、九歳からあんな仕事をやってる。もうぼくは汚れているんだ。」
サヤーは自分の手のひらを見つめていた。
薄くてちいさな手だった。
あたしの質問でサヤーの目の奥に火がついたのがわかった。
ビルマからきた十四歳の少年は怒りと興奮で目をキラキラと光らせていた。
「バイクはつま先立ちで立ってひざを曲げ、バイクにまたがるみたいな中腰の姿勢をずっとする拷問なんだ。いいといわれるまで何時間でも。倒れたら身体中をブーツで叩かれる。」
「…モデルは?」
「モデルはビルマ語でポウンサンていうんだけど、これも同じだよ。エビみたいに身体を曲げて座り、一晩中同じポーズを続ける。それができないと、鉄の道がまってる」
人間の想像力の残酷さに魅せられて、あたしはしびれたようになっていた。
鉄の道がなにか聞いてみる。サヤーは口をとがらせていった。
「バイクで立っていられなくなると、足を伸ばして座らされるんだ。脛のうえには錆びた鉄の棒がおいてある。ふたりがかりでその棒で脛をこするんだ。足首からひざの下まで何百回も。すぐに肌がやぶれて、骨が見えてくるんだって。」
趣味の悪いスプラッタ映画のような現実…。
あたしはひどく渇いた喉にラテを流した。
サヤーは続けた。
「そんな風に黒いフードをかぶった夜が何週間も続くんだ。食事は腐ったスープにもみがらつきの虫食いごはん。暗くなるたび顔の見えない誰かに責められるんだ。とおさんはいわれたんだって。」
「なんて?」
「ここは岩からでも水を絞りとる場所だって。とうさんは今でも真っ暗な部屋じゃ眠れないから、うちは夜も一晩中電気がついているんだ。」
あたしはさっきまでいた六畳ひと間のアパートの裸電球を思い出した。
あの部屋で家族五人明かりをつけたまま寝るのかしら。
サヤーはいった。
「ぼくはくやしいよ。とうさんは拷問の後遺症で、きちんとした仕事はできない。かあさんが働きにいってる池袋のタイレストランの稼ぎと、ぼくのアルバイトでなんとか食べていくのに精一杯だ。学校には半分しかいけないけど、ぼくは成績だってまあまあだし日本の高校にもいきたい。だけど、ダメなんだ。妹たちもいるし、とうさんもいるし。」
サヤーはじっと身体を硬くしているようだった。
隣の高校生カップルはメールを終えて、学校をサボリ東京ディズニーランドに遊びにいく計画を話し始めた。
中学の制服を着た少年はいった。
「夜寝ていて、とうさんの叫び声で目を覚ますことがある。ごめんなさい、ごめんなさい、そういって泣くんだ。とうさんの泣いているのを寝たふりして聞いているのは、すごく辛いよ。安全な日本にきても、とうさんは毎週黒いフードの夢を見るんだ。そういわれたら、ぼくだってあの仕事をやめるわけにはいかない。ぼくはいいんだ、家族で逃げた国境の村で、九歳からあんな仕事をやってる。もうぼくは汚れているんだ。」
サヤーは自分の手のひらを見つめていた。
薄くてちいさな手だった。