ー特別編ーブラックアウトの夜
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みなが夕食をすませた七時すぎ、ティラナが席を立った。
「じゃあ、仕事にいってくる。リカーさん、ここを自分の家だと思って、ゆっくりしていって」
壁にさげられた鏡のまえで髪だけ整えると、ティラナが上着を羽織って部屋をでていった。
陽気なおふくろさんがいなくなって、急に話の回転が悪くなった。
あたしはお腹を押さえた。間抜けなジェスチャーゲームみたいだ。
「もうお腹いっぱいで食べられない。今日はごちそうさま。あたしはそろそろ失礼するね。今度、マとトーラもうちのお店に遊びにきなよー。」
あたしが席を立っても、ウームは難しい顔をして部屋の隅を見ていた。
引き戸をあけようとするとサヤーがいった。
「そこまでリッカさんを送ってくる。すぐもどるから。」
おやじさんは黙ってうなずき、貧乏揺すりを始めた。
妹たちはおにいちゃんだけずるいと叫んでいる。
あたしとサヤーは静かに廊下を歩き、玄関にもどった。小声でいう。
「サヤー、食後のコーヒーでも飲まない?」
サヤーはため息をついてうなずき、靴の中敷きにNIKAとプリントされたスニーカーをひっかけた。
あたしたちが入ったのは下坂橋の駅前にある全国チェーンの喫茶店だった。
狭い階段を二階にあがり、窓際の禁煙席にすわった。
サヤーは窓のむこうをぼんやりと見ている。
あたしのおごりのカフェラテには手をつけなかった。となりの席では高校生のカップルが一言も口をきかずに、その場にいない誰かにメールを送りつけている。
「とうさんを悪く思わないで、リッカさん」
どの店でも同じ味のするコーヒーチェーンのラテをのんだ。まずくはないが、うまくもなかった。
平準化と平均化。これが進歩というものなのかー。
「ウームさん、病気なのかな」
サヤーは誇らしげに顔をあげた。
「リッカさんて、八八年にビルマで起きた民主化運動を知ってる?うちのとうさんはそのときヤンゴン大学にいてデモを組織したんだよ。アウン・サン・スン・チーと話したこともあるし、学生たちが始めた憲法草案の作成にもかかわっていたんだ」
日本なら東大生の中道左派オルガナイザーというところかしら。
まあ、ビルマほど切実な要求など、この国の大学生にあるはずもないけど。
サヤーの表情が曇った。
「だけど、軍に捕まってしまとた。とうさんが長い時間立っていられなかったり、同じ姿勢をとれないのはそのせいなんだ。ビルマの刑務所ってひどいから」
サヤーの丸々とした顔から血の気が引いていくのがわかった。
あたしはぽつりといった。
「拷問?」
「うん。レンガでできた小部屋に連れていかれて、黒いフードを頭にすっぽりと被せられるんだって。それでバイクやモデルをやらされる。」
あたしの声はささやきほどちいさくなった。
となりのテーブルでは、無口な恋人たちがまだ親指メールに夢中になっている。
「じゃあ、仕事にいってくる。リカーさん、ここを自分の家だと思って、ゆっくりしていって」
壁にさげられた鏡のまえで髪だけ整えると、ティラナが上着を羽織って部屋をでていった。
陽気なおふくろさんがいなくなって、急に話の回転が悪くなった。
あたしはお腹を押さえた。間抜けなジェスチャーゲームみたいだ。
「もうお腹いっぱいで食べられない。今日はごちそうさま。あたしはそろそろ失礼するね。今度、マとトーラもうちのお店に遊びにきなよー。」
あたしが席を立っても、ウームは難しい顔をして部屋の隅を見ていた。
引き戸をあけようとするとサヤーがいった。
「そこまでリッカさんを送ってくる。すぐもどるから。」
おやじさんは黙ってうなずき、貧乏揺すりを始めた。
妹たちはおにいちゃんだけずるいと叫んでいる。
あたしとサヤーは静かに廊下を歩き、玄関にもどった。小声でいう。
「サヤー、食後のコーヒーでも飲まない?」
サヤーはため息をついてうなずき、靴の中敷きにNIKAとプリントされたスニーカーをひっかけた。
あたしたちが入ったのは下坂橋の駅前にある全国チェーンの喫茶店だった。
狭い階段を二階にあがり、窓際の禁煙席にすわった。
サヤーは窓のむこうをぼんやりと見ている。
あたしのおごりのカフェラテには手をつけなかった。となりの席では高校生のカップルが一言も口をきかずに、その場にいない誰かにメールを送りつけている。
「とうさんを悪く思わないで、リッカさん」
どの店でも同じ味のするコーヒーチェーンのラテをのんだ。まずくはないが、うまくもなかった。
平準化と平均化。これが進歩というものなのかー。
「ウームさん、病気なのかな」
サヤーは誇らしげに顔をあげた。
「リッカさんて、八八年にビルマで起きた民主化運動を知ってる?うちのとうさんはそのときヤンゴン大学にいてデモを組織したんだよ。アウン・サン・スン・チーと話したこともあるし、学生たちが始めた憲法草案の作成にもかかわっていたんだ」
日本なら東大生の中道左派オルガナイザーというところかしら。
まあ、ビルマほど切実な要求など、この国の大学生にあるはずもないけど。
サヤーの表情が曇った。
「だけど、軍に捕まってしまとた。とうさんが長い時間立っていられなかったり、同じ姿勢をとれないのはそのせいなんだ。ビルマの刑務所ってひどいから」
サヤーの丸々とした顔から血の気が引いていくのがわかった。
あたしはぽつりといった。
「拷問?」
「うん。レンガでできた小部屋に連れていかれて、黒いフードを頭にすっぽりと被せられるんだって。それでバイクやモデルをやらされる。」
あたしの声はささやきほどちいさくなった。
となりのテーブルでは、無口な恋人たちがまだ親指メールに夢中になっている。