第零夜『変わり始めた僕の日常』

東京副都心の公園は休日だけあって人の数もそこそこ多かった。奇抜なファッションに身を包み大声で話してる若者、犬を連れたオバハン、布の面積より露出している肌の方が多いんじゃないかと思う女子。老若男女が行き交う西口公園で俺はとりあえずパイプベンチの前を陣取った。いつ連絡があるか分からないし、時間を潰すならこれが一番だった。イーゼルを立てて、道具箱を開ける。独特の匂いがしてきた俺はこの油臭いのがきらいじゃない。絵の具、溶き油、油壺、筆、ナイフ、パレット、筆洗油。木炭、鉛筆、布……道具は一式揃っている。あとは適当に目に映る風景を描写していく。上手い下手は自分ではよく分からないが、絵を描くことは嫌いじゃなかった。この趣味だけはもう何年と続けている。一番好きなのは「自然と不釣り合いな物が共存している場所」照明にライトアップされてる植物園とか檻の中でいる動物とかが好きだ。アンチテーゼみたいな難しいことじゃない。普通にこうして街中の公園を描いたりもするし、山の奥深くで右見ても左見ても変わり映えしない景色を描くことだってある。ただ、こうして絵を描いていることが好きなのだ。




時間を忘れて下書きを終えて、彩色にかかろうとした瞬間、右頬に冷たい塊りが触れた。俺は小さく悲鳴をあげる。心臓が止まるかと思った。

「な、なな、なんや?」

「うーす、お兄さん絵描いてると集中し過ぎじゃね?しばらく後ろに立って見てたのに全然気がつかないからこっちからアプローチしちゃったよ。あ、これ、見物料な。」

そういって俺に向かってペットボトルを投げて来たのは、連絡を取りたかった彼だった。
右肩に龍、左肩に虎が睨み降ろしてるイラストの真っ黒いシャツと米軍卸しの迷彩柄の軍パン。一番印象的なのは墨壺の中みたいに漆黒の長髪だ。後ろ髪も長いが前髪も顔が見えないくらい長い。彼は腕を組んで絵をしげしげと眺めていた。俺は受け取った見物料のキャップを開けて一口含んだ。喉をうるおしていった。

「小鳥遊悠君、メール見てくれたんやな。」

彼は俺の方へ向き直ると首を斜めに倒す。

「メール?何のことだ?」

「え……ちゃうん?メール見て会いに来てくれたんやないの?」

「いや、散歩してたら見つけたから声かけたんだ。」

悠はズボンのポケットから携帯を取り出して、手のなかで操作していった。

「おー、ホントだ。メールと着歴あるわ。」

八重歯が印象的な笑顔を見せる彼。どうやら会ったのはまったくの偶然だったらしい。そういえば……彼と出会った時もこんな感じだったっけ、後ろから急に声を掛けられて、その後も何度か会って話している内に携帯番号を交換するくらいの仲になった。まったく運がいいのか、悪いのか分からないが良かったのは確かだ。俺が口が開くまえに彼は絵を指さしていった。

「これ、描き終わってから話しするか?」

「あー、いや、下書きも終えたしええよ。休憩も挟みたいし話ししょーや」

パイプベンチに腰を降ろすと、悠も隣に座った。俺は迫力がある。長身、服装、奇抜な髪型……という外見からではなく口では説明しづらい物がある。それに色々と彼は有名人なのだ……だが、今はそれよりどう説明するかを考えないといけない。

「相変わらず人描いてないな」

「……写真と一緒で人物画は魂が籠りやすい。それに…あとで見んのが辛い。」

「そう…か。そのさ……話しは変わるんだけど魂が宿った物っか、魂があるもなら福ちゃんは会話できるんだよな?」

彼は俺のこの不思議体質の事も知っている。話したら信じてくれたのだ。なんでもそういう事も信じる性質だからだとか……。

「んー、たぶんやけどな。全部が全部ってわけや無いで」

「じゃあさ……例えばコレとかって意思疎通可能?」

彼は年季の入った桐箱を俺の膝の上に置いた。大きさはティッシュ箱くらい。気になるのは無数に何かが張りつけられていた痕が残っていことだ。俺はいった。

「何これ?」

「開けてみてくれ」

言われるままに木箱の蓋を取った。中にはお人形が収まっていた。ショートカットでスカイブルーの着物姿の日本人形(?)。
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