第禄夜『福太郎の不思議な日常』

ー池袋:大学病院ー

夜彦「それでよーそいつ泣きわめいて「もうしません許して下さい」って、そんでそいつの鼻をガツンと……」

お婆さん「おほほっ、夜彦の話しはどれもワンパク過ぎるわ。本当に「ちぐはぐ」ねアナタ」

夜彦「意味わかんねブッ飛ばすぞ」

お婆さん「私こそ!えいっ!ババァパーンチ!」

お婆さんは笑いながらぺしぺしと夜彦の肩にパンチを繰り出す。

夜彦「よわっちいな。ハンペンでもぶつけてんのか?」

お婆さん「はーーっ楽しいわ!こんなに笑ったの仕事辞めて依頼よ。仕事ばっかりで家族なんていない人生だった。息子ができた気分なのよ」

夜彦「息子っか、孫だろ」

お婆さん「こらっ」



それから数日、夜彦の「ババァかよい」は続いた。



夜彦「ババァ来たぞ」

お婆さん「いらっしゃい夜彦」

ドアを開けるといつもと同じようにベッドのうえで身体を起こして赤い櫛で髪をといでいるところだった。

夜彦「お前いっつもそれで髪すているよな」

お婆さん「うふふ、昔にね私の初めてのお給料で買った宝物よ。」

お婆さんが手に乗せて夜彦に赤い櫛を見せてきたので、手に取ろうと握った瞬間……ベキッと鈍い音が鳴る。

夜彦「あ……あ、わ、割れた……」

軽く握ったつもりだったが櫛は真っ二つに割れてベッドの上にこぼれてしまう。

お婆さんはそっと割れた櫛を手に取ると残念そうに言った。

お婆さん「あらあら……しょうがないわ。気にしないで」

夜彦「っ……」

『本当に怖い暴力は「そのつもりが」ないのに暴力になってしまった力』

夜彦の脳裏に福太郎がいった言葉がフラッシュバックする。冷たく嫌な汗が吹き出し、何も言わず立ち上がる。

お婆さん「夜彦?」

お婆さんの声が聞こえているのかいないのか無言で病室を出ていってしまった。



ー百鬼襖の部屋ー

福太郎「ん?」

夜彦「……」

福太郎「今日は出かけてないんゃね」

夜彦「歪屋……俺はどうすればいいんだ?」

福太郎「……どないしてん?」

横から見た夜彦の顔は文字通り顔面蒼白といえばいいだろう。

夜彦「ババァの宝物壊しちまった」

福太郎「えぇっ?!」

夜彦「初めてだモノを壊してこんな気分になるのはババァのあの顔……大切だって言ってたもんを壊しちまった。脳みそが冷えて来るような感じだ。謝ったらいいのか?いや許してくれるはずがねぇ……俺どうしたら……」

福太郎「落ち着いて。」

夜彦「……」

福太郎「大丈夫。心のこもった謝罪が伝わらんはずはない。ちゃんと「ごめんなさい」っていえばええんよ。」

夜彦「でも、行きにくい」

夜彦君は本当に子供なのかもしれへん。

福太郎「贈りもんとかあると口実ができるんやけど……んっ、花とかどうやろ。あ、せやけど切り花な。植木鉢やと寝(根)つくって意味になってしまうから」



ー池袋:大学病院ー

次の日、夜彦は「植木鉢」に入った花を持って病院にやってきた。すれ違う人々の視線を気にせずに病室に向かう。

夜彦「(鉢はダメって言われたけど、こっちのほうがずっとココに居てくれって意味なんだろ?ババァ許してくれっかな……)」

「おっと、そこの御仁」

夜彦「あ?誰だアンタ」

柳「ここの病院の医者じゃ。イトさんの担当医古川柳。」

夜彦「いと?」

柳「親族の方なんだろう?少し話しがあるんじゃ。来てもらえるかな」
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