第肆夜『福太郎の不思議な日常』

ー廃寺ー

キョンシー輸送を終えてから数十分後、引っ越し業者並の手際で死体入りの棺桶が廃寺に運び込まれた。

ラム「……」

若い男「それでは失礼します。このたびは本当にご迷惑を……」

ラム「いいわ。殴って悪かったわね。」

若い男「いえ、他のキョンシーはこちらで埋葬しておきますので。失礼します」

福太郎「……」

ラム「……」

福太郎「……」

ラム「はぁぁぁぁっ」

福太郎「そんなに悪い状況?」

ラム「悪くない状況であって欲しい」

福太郎「せやけど、今まで見とったんはキョンシー。これはまだキョンシーになってないんやろ?」

ラム「……棺を開けて」

福太郎「んっ」

棺の蓋をずらして改めて見てみると男性で老人、しかし、本の数日前まで生きていたかのように、その死体は瑞々しかった。

ラム「まずいわね。」

福太郎「なんか……若返った?」

ラム「甦ってるのよ。閉めて、すぐに。」

福太郎「んっ」

ラム「…………ちょっと手伝って」

福太郎「はい?」

ラム「これを使うわ」

祭壇から持ってきたのは硯(すずり)の様なもの。

福太郎「それは?」

ラム「墨壺(すみつぼ)。この中には鶏血と墨が入ってるの。それで……はい、この糸持って」

福太郎「んっ」

言われるままに墨壺から伸びた糸の端を掴む。どうやらリールのようになっていて糸には液体が染みながら伸びていく。

ラム「棺を挟んで私と同じように」

福太郎「はいはい」

言われるままに、糸を伸ばしたまま対極に並ぶ。さらにそこからもう片方の手で糸をつまみ上げた。

ラム「はい、離す。」

福太郎「んっ」

糸はビシッと音をたて棺に当たり黒い跡がついた。
ラム「横にズレて同じように繰り返して」

福太郎「了解」

それから等間隔に筋跡をつけていき、縦、横、側面、棺全面に格子状の模様ができていた。

ラム「とりあえずはこれでいいわね。」

福太郎「これは?」

ラム「結界よ。簡易的な物では有るけど効果は高いわ。」

福太郎「大丈夫なんです?」

ラム「少なくとも今はね。」

福太郎「今は……ですか」

ラム「少なくとも今日、明日中には甦るわ。結界も張ったし出てくることはない、ってか、出させない。」

福太郎「……質問ええですか?」

ラム「なに?」

福太郎「キョンシーになってもお札と鐘で制御できるんちゃいます?」

ラム「無理よ。キョンシーにも色々あってね。死んで怨みや邪気が溜まってキョンシーになったものはお札程度では制御できない。だから本当は焼いちゃうのが一番なんだけど……」

福太郎「それがでけへんと……。そしたらどないするん?」

ラム「少しずつ邪気を取り除いていくしかないわ。まぁ、この棺から出ない限りはどうとでもできるし。時間は掛かるけど……」

福太郎「ご苦労さんやね」
ラム「色々と予定外のこと手伝わせて悪かったわね。」

福太郎「ええよ。別に俺はなんもしてないし、また何か用があったら声かけてくださいな」

ラム「えぇ。そうさせてもらうわ。私はもう少しここに居るから」

福太郎「ほな、また」
81/100ページ
スキ