第弐夜『福太郎の不思議な日常』

ー百鬼襖の部屋ー

福太郎「引っ越しついに明日やね」

椿「……」
ザーザー……

福太郎「椿さん、そんな完璧に掃除機かけんでもええんよ」

椿「そうですか?」

福太郎「そうそう軽くでええんよ。几帳面やな」

椿「……福太郎さん!」

福太郎「んー?」

椿「今までとまったく別な生き方になるかもしれないのに、どうして脅されたからって決心したんですか?抵抗というかどうにか断る方法はあった気がするんです」

福太郎「んー……掃除終わったら、俺の部屋おいで。さらっとでええよ。さらっとで」




ー福太郎の部屋ー

クロ「お茶でいいよな。冷たいので」

椿「あ、はい。ありがとうございます」

メリー「残念だなぁ。椿ちゃんの三味線が聞けなくなるなんて」

すっきー『綺麗な音色でしたっすからね。毎夜心地よかったっす』

椿「そんなぁあはは。照れちゃいますよ」

福太郎「さて……俺もな悩まんかった訳やないんよ」

椿「!」

福太郎「どういう仕事か想像もつかんかったし、自分に務まるか分からん過ぎて考えれば考えるほどわからんくなったんよ。」

椿「そこまで考えてどうして「しょうがないなぁ」なんて流されたんですか?」

福太郎「流されたわけやないよ。実際いきなり任されて不安やったこの仕事も、始めてみたらなんとはなしに満たされるもんもあったし」

椿「そんなの無計画です!」

福太郎「いや、結果論やないから続ききいてくれるかな?椿さんも分かってくれると思うんやけど…」

椿「私にはいってることがまったく理解できません!」

福太郎「んー……でも俺はもしかしたら、今思ったらこの仕事の内容を聞いたとき、きっと歪業をしてみたいって目ぇしてたんちゃうかと思うんよ。せやから、メフィストさんは俺の背中を押してくれる「脅し(いいわけ)」をくれたんとちゃうかな。ほら、俺ら人間はいつやって考えすぎるやろ?ホンマに必要なんは「しょうがない」って受け入れる小さないいわけなんちゃうかなぁ。」

椿「……」

福太郎「よう思い出してみ、いろいろ頭で考える前なんてキミは思ったんか。キミが師匠から話し聞いたとき、最初になんて思ったん?」

俺の跡を継いで三味線を弾いて生きる気はないか……

音楽に人間も妖怪もない……

たくさんのかつお節を買っていいからさ……

椿「あ…」

福太郎「キミはきっと三味線を弾きたいっていう目ぇしてたんとちゃうかな。キミもきっと「やさしいいいわけ」を貰えとるはずやよ」

椿「わ、私……そんな……」

福太郎「遅いか早いかやなくて今どうしてるかが大切なんちゃうかな。」

椿「……私、かつお節の意味やっとわかりました。人間て素敵な冗談をいうんですね。私、頭固すぎです」

福太郎「師匠さんが柔軟な人やったんやろ、きっと。」

椿「私があのとき目を輝かせていたのを見て背中を押してくれたんですね。師匠、私遠回りしちゃったけど三味線を弾いて生きています。あのお金でかつお節は買います……少し…ぐすっ」

福太郎「んっ、それがええね。あっ、そや、もし何か相談あったらこの番号にかけるとええよ。俺とは別方向で力になってくれる男やからね」





ー百鬼襖の部屋ー

……椿さんが夢見長屋を出て一週間。俺らは次に来る妖怪の為の準備をしている。彼女からは音沙汰はないが引っ越すときに晴れやかな顔をしていたから大丈夫だろう。

由乃「ふとんはそっちでお願いします」

クロ「はいはい……って、メリー、テレビばっか見てんなよ。」

福太郎「まぁまぁ、メリーちゃんは小さいンやし…」

『次の特集、三味線を愛してやまないアーティスト椿さんです』

由乃「んっ、何!?今、椿さんて…」

メリー「地元で活躍するアーティスト……あ、ホントだ地元だよ!!」

椿『お世話になった師匠、そして大切な友人達に捧げる曲です。「つないだ夢」』

メリー「ご主人様!今のって!!」

福太郎「んっ、せや、ね」
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