第零夜『変わり始めた僕の日常』

誰かが頭をつついている。それを感じた。
多分、眠っている俺を起こそうとしているのだろう。寝がえりを打って、それに抵抗した。まだ、寝ていたい。昨日は、いつまでも書きなれない手紙を書いていて寝不足なのだ。

しかし、そんな願いも届かずペチペチと今度は頬を押してきた。薄目を開けて様子を見る。
目のまえ、ほぼ鼻の頭と鼻の頭がぶつかる距離で「彼」はいった。

『おはようございます。朝ですよ。朝ごはん食べましょうよ~~~。』

「……もう朝?」

『そうです。おはようございます。福さん』

ぺろっと小さな舌を出して俺の頬をひと舐め。起きるしかないと覚悟を決めて、上体を起こした。背伸びをして、こわばった筋肉をゆるめる。運動不足なのかときどきこむら返りが怒るので怖い。立ち上がって、彼を見下ろした。

『三度目のおはようございます。』

「はい、おはよう。朝ごはんやな。」

『はい。朝ごはん食べたいです』

「解った。少し待っててや。」

おれは欠伸をしながら、キッチンにたった。オール電化ではなくガスコンロと決して広くは無いシンク。ひとり暮らしの人間には自由分なスペースではある。

まずは、側の電子ジャーのなかを見た。ご飯は壱膳分くらいはある。次に冷蔵庫。こちらは空っぽに近い。近々買い物に行かないとと思いながら、鮭の切り身を手に取った。たぶんまだ、腐っては無いはず。

魚焼きグリルで焼いているあいだに味噌汁の入った鍋に火をかけた。食器を準備して、彼の食事も準備する。持って行っていった。

「先にたべててええよ。」

『いえ、福さんをお待ちします。どうぞ、テーブルの準備してください。』

ご飯を前に姿勢を正して座る彼。俺は二度ほどうなずいた。昨晩書いていた手紙をどかして彼の隣に持っていく。そろそろシャケも焼けただろう。お盆なんて物は無いのでまず、味噌汁と焼きシャケ。次にご飯と水を入れたグラス。口に箸を咥えて席につく。

手を合わせていった。

「いただきマース」

それを見て彼は肉きゅうを合わせていった。

『いただきます』

カリカリのキャットフードの入った器に顔を鎮める。彼の名前は「ミツバ」。名前の由来は純白毛の猫だが背中に三つ葉のようなマークが出来ているから。本人はいつか四つ葉マークにならないかと夢見ている。
ちなみに語尾に「ニャ」とかはつけない。猫の世界ではそれは上位の猫の証なのらしい。猫の上位がなんなのかは未だに知りません。

一心にキャネットチップをかじっていたミツバはふいに俺のほうを見ていった。

『福さん、福さん。シャケの皮くださいな』

「……ええよ。ちょっと待っててや」

おねだり上手な猫さんめ。俺は箸の先で皮と身を分解していく。
すると、ミツバはハッとしたように声をあげたる

『あれ?福さんも皮すきでしたっけ!?』

「ああ……まあ…」

大好物というほどではないが好きだった。それでも別に拒否するものでもないしペリペリと皮をはがしていく。
ミツバは膝の前を行き来する。

『しまったなぁ……。あ、じゃあ、1/3だけください。』

「あ、わかった……。」

1/3とかってどこで習ってくるのだろうか。ミツバはときどき変な言葉を使います。
剥がし終わった皮を半分にして、器に置いてあげた。

「じゃ、どうぞ。」

『あれ、これ半分じゃないですか!?』

「気にしなくてええよ。半分こや」

『福さん……ありがとうございますっ!福さんは福さんです!』

猫の笑顔というのはとても和みます。しかし、言葉のボキャブラリーは少ないらしく、俺は俺だそうです。たぶん褒められたと思うので、よしとします。
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