第零夜『変わり始めた僕の日常』

日も傾いた帰り道、例の廃校の前をぼんやり歩いてると目の端で何かが動いた。そっちの方へ振り向いた。見間違いかも知れないが尻尾みたいなものを生やした着物を着た小柄な子が廃校へ入っていったように見えたのだ。見間違いの可能性は高い。今までそんなものを見たことなかったのに昨日の一件から俺の中にある運命という名のギアが、変な方向へ回り始めたようです。二回目ですが言ってみました……。

そんな調子で夢見長屋へ到着すると既に彼が待っていた。二階へあがる階段に小説片手に座っている。俺に気がつくと空いてる手をあげた。

「まいど」

「まいど、早かったんやな。迷わへんかった?」

「あー、ここの近くまではよく来てるからな。一回で来れたよ。」

無縁墓地と呪いの噂立つ廃校の近くまで来ているという彼の普段の行動が非常に気になります。いずれ詳しく聞いてみよう。

「それよりここって他に住んでる人居ないのか?小一時間くらい座ってたけど誰も来ないし、逆に出ても来ないし」

「いや、そんなことは無いはずやけどな。」

俺もあったことないので何とも言えないが表札があるし居るには居るのだろう。とりあえず、部屋へと案内する。自室のドアを開けるとミツバがお出迎えしてくれた。

『福さん、おかえりなさいです。あ、お客さんがいっしょですか!!』

「ただいま、ミツバ。この人は小鳥遊悠ってゆう人や。俺の事情もようをかってくれとるから……」

悠はしゃがみ込むと、ミツバを両手で捉えた。猫よりも素早い人間て存在するんだな……。抱きかかえると撫でまわしてあっという間にミツバを手なずける。

『はぅ、あぅ……こ、このひとしゅごいでひゅょ~』

都市伝説の胴長猫みたいにダラーンと胴体がとけていた。よっぽどテクニシャンらしい。

「この子がミツバか。この背中の斑(ぶち)がミツバの形だからミツバ?」

「そうなんよ。ちなみにいつか四つ葉になるんが夢らしいで」

そういうと悠は大爆笑した。どうやら、彼の中でそれがツボだったらしい。部屋に案内してもしばらくヒィヒィと笑っていた。持ち出した道具を片付けてると、ミツバいじりが終了したのか悠は絵を見せてくれといってきた。適当にどーぞ答える俺。悠は遠慮なし絵を見始めた。

「……本当に人物画は一枚も無いんだな。風景画ばっかりで、その中にも人が一切描かれてない」

「そやな……。あ、一服してええ?」

今日はまだ一本も吸ってなかった。ヘヴィスモーカーではないけど珍しいタバコを見つけると買っている。なので、吸わない日もあれば、吸う日もある程度だ。

「いいぞ。っか、福ちゃんの部屋なんだから許可取らなくてもいいのに」

「悠君、タバコ好かんゆうてたやん」

「気を利かせてくれてうれしーねぇ。フラグ立っちゃうよ」

「ええで、側から全部折ってくから」

「ほぅ……なかなかいい返ししてくるじゃないか。そういうの嫌いじゃないぜ。うぇへっへっ」

彼はときどき本気か冗談か分からくなるのが怖いです。俺は後ろを見ないようにカーテンを開けた。ミツバがいるので、部屋で吸うときは窓を開け身体の半分を出すようにしている。なので、いつものように窓開けたそのときブワッと真っ黒い塊りが飛び込んできた。それに呑みこまれる俺の耳にわはーっという女の子の声が飛び込んでくる。

「この声は……ルーミ゛ッ?!」

闇の中からルーミアが見えた……っが、次の瞬間彼女の頭と俺の頭がファイナルフュージョンした。ゴッと堅い物同士がぶつかる鈍い音を鳴らして目のまえに星が飛んだ。倒れながら、まさかこれが俺の死因なのかと走馬灯が流れる。

「おっとっと……大丈夫か?」

床に倒れる衝撃ではなく、腕に支えられる感触。どうやら、間一髪で悠が支えてくれたらしい。

「お、俺……生きると?」

「大丈夫だ。まだ生きてるよ。それより……この子が件の女妖か?」

「わーはー……お星様がぐーるぐーるしてるのかー」

悠の左手には猫の首根っこを掴むように、目を渦巻みたいにグルグルにまわしたルーミアが捕獲されていた。
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