ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました弐幕

ー大江戸学園:城前広場ー

詠美「学園の未来は執行部の力だけで作るものではありません。みなさんの協力が必要です」

吉音「言いたいことがあったら、いつでも着てくださいね。将軍が二倍になったんだからお悩み解決だって二倍、二倍ー!」

悠「……」

ちなみにおれも特別相談役なんだがかで、呼び出されれば施策の相談なんかをすることになっている。

廃止になった町奉行制度も構築し直しだし、また学園の構図が大きく変わるのは間違いない。

吉音「たとえば、お昼寝の時間を作ってほしいとか、学食のランチの量を増やしてほしいとか、あとは、あとはー……」

詠美「それはアナタの望みでしょ?将軍になったからと言ってかってにはさせないわよ」

吉音「ええー?詠美ちゃんは欲しくない?」

詠美「個人で欲しいものと、学園全体の役に立つかどうかは別……ってどうしてこんなことを、わざわざ説明しなければならないのかしら」

吉音「じゃあどういうのだったらいいのよー」

詠美「どういう……そうね…………」

大勢の前だというのに、緊張感の欠片もない吉音。詠美はじっと考え込んでしまった。

じっと聞いていた集まった生徒たちも、どことなく力が抜けたようだ。

吉音「もー、そんなに難しくしないでさ、よさそうだったらやってみて、ダメだったらやり直せばいいんだよ!」

詠美「はぁ。あなたといると真面目にあれこれ考えて調整するのが、バカバカしく思えて来るわ」

吉音「世の中もっと楽しく考えないとつまんないよ」

詠美「分かりました。私は、あなたがやり過ぎないよう舵取りをさせてもらうわ」

吉音「うん!えへへ、よろしくね!」

脳天気過ぎる吉音と、ちょっと神経質な詠美。

この二人だったらバランス良く、学園を治めていってくれるだろう。

おれが学園に来てからさほど経たないうちに、いくつもの大事件があった。

きっとこれからもいろんなことが待っているんだろう。でも今はなにか、それすらも楽しみに思えてしまう。

しばらくは青く晴れた空が見られそうだな。






ー新宿:茶屋小鳥遊堂ー

悠「ずずっ……はぁ……」

店先の縁台に腰掛けて茶をすする。我ながら美味い。

今日は小鳥遊堂は休業だ。
陽気もいいし、ひなたぼっこ気分。

普段の客の入り具合を考えたら、わざわざ休業とする必要があったのかは些か疑問ではあるが。

けどこれからはこんなのんびりした時間が取れるかどうかわからないからな。

今のうちに満喫しておかなければ。

しかし、おれが執行部、ねぇ……。

茶を置いて目をやる先には大江戸城。これから週の半分はあの城で働くことになる。

ただしまだ実感が湧いてこない。

エヴァの一件では確かにおれは吉音と詠美ふたりの間を取り持つような役回りをした。

けどもよもや幕府に入って将軍の補佐役をすることになるなんて。

吉音「ゆっう!!」

いつもの声に顔をあげるおれ。白馬の背からひらりと飛び降りる紅顔の少女。

うちの用心棒にして、天下の左将軍徳河吉音様だ。

悠「あれ?吉音、こんな所に来てていいのか?たしか、今日は詠美と一緒に新体制の組合会議だろ?」

吉音「うん、でもちょっと詠美ちゃんにお願いして抜けてきちゃった」

悠「おいおい。左将軍がそんな簡単に抜けてもいい会議なのか?いつまでもそんな浪人気分のままじゃ……」

吉音「これからまだまだ忙しくなるでしょ?だからその前にと思って……」

聞いちゃいねぇし。

吉音の奴は銀シャリ号の背中から見慣れた四角い荷物を下ろそうとする。

悠「あ?なに?それってまさか?」

吉音「うん!これ……持ってきたの!目安箱、ふっかーつ!」

悠「いや。それは見ればわかるけどさ。繰り返すけど、お前はもう将軍様なんだぞ?」

ってか、なんかグレードアップしてね?「すぅぱあ目安箱」とか書かれてるんですけど。

吉音「将軍様だからこそ、やるんだよぉ!」

吉音はぐっと胸を張って答えた。

悠「……」

吉音「これまでの目安箱はあたしたちや町奉行の想ちゃんに届くものだったでしょ?でも、これからは将軍様が直接読むんだ。つまりスーパー目安箱だよ!」

スーパー目安箱……ねぇ。
吉音は将軍職についてからも続けて生徒たちからの投書に対応していこうというのか。

名前も吉音らしく安直だが、その志も吉音らしいものだった。言われてみれば確かにこれ以上幕府と生徒たちの間を密にするものはない。

ただし将軍としての公務と世直しの浪人新さんの料率は半端じゃないぞ。

けど……こいつはやっちゃうんだろうなぁ。

悠「相変わらずあっぱれなげんきものだなぁ、お前は」

吉音「にへへ」

理屈ではない、吉音のこういうパワーがひとを引きつけるのかもしれない。

これからの重責もまるで頭にないだろう屈託のない笑顔。

悠「ははは」

釣られておれも笑いがこぼれる。理屈じゃないこういうパワーが人を引き付けるのかもしれない。

おれや詠美には無い奔放な吉音の力。ならばおれはそれをサポートしていこう。

吉音「これからも、もっともっと頑張っていこうね!」

悠「ああ」

おれは頷いて、吉音が目安箱を以前の場所に運ぶのを手伝おうとした。

男子生徒「ひ、ひったくりだーっ!だ、誰かそいつを捕まえてくれ~!」

平和な通りに響く助けを呼ぶ声。

悠「吉音!」

吉音「うん、分かってる!銀シャリ号っ!」

目安箱をおれに手渡すと、ひらりと舞うように銀シャリ号の背に飛び乗る。

ひるがえる袴がまるで翼のように見えた。

悠「よおし、行って来い。天下御免の左将軍!」

吉音「ガッテン承知!いっくぞー!将軍様の大暴れだーっ!!」

天下泰平の学園の、晴天高く鷹の聲。
白馬の蹄を響かせて、勇まし麗し姫将軍。
今日も成敗、町の悪。

その背子見送る少年の、心も弾む日本晴。

あっぱれ!天下御免。

これにてひとまず、一件落着!
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