ー茶屋ー小鳥遊堂はじめました【10】

ー大江戸学園:ツリー直通エレベーター前ー

雷太郎「いくぞ、風」

風太郎「いこう、雷」

「「命を捨てる!」」

ふたりは力を抜く、リラックス状態よりもさらに力を抜き動いている心臓の鼓動すらも小さく弱弱しくなる……。

身体を動かさず運動せず止まったままの鼓動を一気に極限まで高める。内に内に自分自身を圧縮する、鼓動のピストンが全力疾走を遥かに超えたとき……その領域に達する。それこそが……。

【鬼状態】

風雷コンビの鬼状態までの入りは最速で約4.25秒、しかし、これは体調がいいときのベスト記録。風太郎の現在のコンディションは最悪、雷太郎と同時に始めたが、やはり完全に領域に達したのは雷太郎のが先だった。

また、その無防備の間に敵はもちろん止まっているわけでない。雷太郎に殴り飛ばされて空いた距離は龍剄にとって絶好の間合い。拳の髑髏が真空の砲弾を放つまで3秒と掛からなかった。さらに、両手から発射された真空の砲弾は今までのモノより速く巨大。

雷太郎は当然射程外へと退避する。鬼状態の件も有り、問題はない。問題があるのは風太郎だった。怪我を負っていて鬼状態の入りに時間がかかった。突き飛ばすなり引っ張るなりすれば鬼状態に達せない。

それも承知で風太郎は鬼状態を発動しようとした。それを承知で雷太郎は風太郎を残して退避した。

たった数秒、しかし、その一瞬でも闘いは止まらない。真空の砲弾の破裂、風太郎は直撃……はしていない、だがかすったのだろうベロリッと頬の皮膚が無くなっていた。血が吹きだすが前に出る。峨嵋刺へと敵へとグンッと歩みを進めたのだ。

その姿は今のさっきと全く同じ、王蟲は馬鹿めと罵り真空の砲弾と刃を細かく放出する。威力を落とし連射性と速さを追求したその動きは、まるで蟲が羽ばたいているように何処かオゾマシク、どこか神秘的な舞だ。

風太郎はその弾幕の中に踏み込んだ。避けて避けて避け続けながら駆けていく。だが、今さっきよりも被弾している。最初こそ大きく避けていれたのに、今は皮膚一枚、髪の毛一本、弾幕がかすめていっている。

風太郎「うおぉぉ!」

龍剄の射程を抜けて峨嵋刺の前に咆哮と共に再び戻ってきた鬼。

王蟲「さっきより多少早くなってもテメェのパワーじゃ足りねぇんだよ!」

フルスイングの蹴り、それを避けて風太郎はカウンターを……しかけない。ただただ、避ける。それだけしかしない。

雷太郎「なら、雷の一撃はどうだ?」

峨嵋刺の身体が僅かに震えた。死角からの鬼の一撃。しかと、ガードされていた。

王蟲「威力はそこそこでも殺気でバレバレなんだよ!」

風太郎「お前もな!」

標的を雷太郎に変えた王蟲だが、その前に風太郎が回りこんだ。繰り出される打撃を当然避ける。雷太郎の姿は消え、またも刺客から攻撃が来る。受け損ねた蹴りがズンっと身体を揺らす。

王蟲「ちっ、ヴゼェェ」

反撃しようとする峨嵋刺の前にはやはり風太郎が現れた。

峨嵋刺を翻弄する風太郎。その隙に死角からの一撃を繰り出すす雷太郎。これがふたりの新たなコンビネーションの形だった。

風太郎「ふふっ」

風太郎の鬼状態の更に進化した先、疾風鬼状態は相手の動きに感応して半自動的に身体が動く。反撃はしない。もちろん、出来ないわけではないがあえてしない、自分は風、疾風と化し相手の攻撃を捌き焦り、疲労を誘発させる。徹底的な守り。

雷太郎「ははっ」

雷太郎の鬼状態の更に進化した先、迅雷鬼状態は自分の意思で肉体を操作する。当たり前のことのようでそうではない。理想の動き、絶対にブレのない固定された最速最良の行動をとる、意識的に潜在能力の限界すら超越する動きを強制させるのだ。死角から攻撃するまでの一連の行動の無駄を完全に消し去り、その行動が完了するまで他の全てを破棄する。

そのため迅雷鬼状態は隙が多くなる。無駄のなさすぎる動きは逆に敵に読まれ安くなってしまう。そのための疾風鬼状態の風太郎。彼がカバーに入って敵を翻弄していてくれる限り、雷太郎は攻撃を安全にそして確実に相手に刻み続けられるのだ。

王蟲「ぐ、おのぉぉぉ!!」

疾風迅雷コンビネーションは処刑の檻だ。風が王蟲を捕え封じ、雷が敵を穿ち続ける……。
91/100ページ
スキ